Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚
微かに燻る戦禍の火種:1

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登場人物

アルペジオ
甲皇国軍の女兵士。
http://misyugarudo.web.fc2.com/kyarakutatouroku-3-107.html

ラナタ
甲皇国に仕える傭兵。
http://misyugarudo.web.fc2.com/kyarakutatouroku-1-4.html


     

――違和感。

 ミシュガルド大陸の西方、甲皇国の国家軍駐屯所でアルペジオはのろのろと顔をしかめた。
違う。どこか、なにか、大切なことが。
 それが何かはわからない。ただ、彼女は頻繁にその感覚に襲われていた。

 「アルペジオ、どうかしたのか」
 近くにいた茶髪の女性が軽く尋ねた。
 「いいえ、なんでもない。ありがとう、ラナタさん」
 そう彼女に答えてアルペジオは紅茶をすすった。緑色の髪は頭頂部より少し下で赤い大きなリボンで結ばれている。襟に飾ったリボンもまた赤く、外套とスカートを足したような黒い軍服にはよく映える。
 
 この駐屯所は石組の建物が連なった造りで、今彼女らがいるのは女性兵士用の宿舎である。男性は正規兵と傭兵で宿舎が異なるのだが、女性はもともと数が少ないために一緒の宿舎にされている。
 アルペジオは正規の軍人で、ラナタは傭兵である。だが、今のところお互いにいざこざは起こしていないので特に問題はない。
 アルペジオは朋友であるラナタを見た。上半身の鎧は金色で、腕はおおわれていない。下半身の防具もスカート状のもので足は大部分がさらけ出されている。正規の軍人から見れば非常に心もとない防具であるが、彼女は先の戦争でも大活躍し、上級傭兵として他の軍人からも一目置かれているのだ。
 そんな彼女と偶然とはいえ同室で過ごすこととなって、今では多くの時間を彼女と過ごしている。
 ちなみに朋友と言ってもミシュガルド大陸に来て以来の仲である。
 それ以前は、ラナタは他の国で戦っていたらしい。そして、新たな戦場を求めてこの大陸にやって来たのだとか。
 「……?」
 まただ。
 今、なにかが頭をよぎった。
 何度も覚えている違和感。気づいた時には頭の中の靄は消えていて、それがなんだったのか、何が隠れていたのか、何もわからない。
 顔を歪めたアルペジオに対し、ラナタは再び問うた。
 「どうしたんだ、アルペジオ。やっぱり調子でも悪いのか?」
 「…いいえ、なんでもないの」
 そうだ、ラナタさんに話してみるのもいいかもしれない。
 そう思って口を開いたその時だ。
 「ラナタ、アルペジオ。両名急いで司令室へ」
 突然ドアがノックされ、そう伝令が伝えられた。
 
 二人は顔を見合わせると、急いで外へと駆けだした。


――――


「いやぁ、お兄さん!すっかりウチの常連になっちゃったねぇ!!」
 帽子をかぶった紫色の髪の薬屋が機嫌よく青年の肩を叩いた。
 ミシュガルド大陸大交易所の大通り。その声は良く響いた。響いた声がまた新たな客を呼び寄せる。
 「ここの薬がまたよく効くからね!たとえ本国に帰ってもここから薬は取り寄せたいくらいだよ」
 対する青年もそれはもう楽しそうに薬屋の少年の肩に腕を回した。
 青いぼさぼさの髪にがっしりとした体つき。背負う荷物はかなり大きく、しかし、それを感じさせない軽快かつ豪快な動き。
 ミシュガルド大陸での冒険を本にして出版しようと目論む冒険作家、名をロビン・クルーと言う。
 「そうだ、お兄さん」
 肩を組んだまま、薬屋の少年―ロイカと言うらしい―は急に声を小さくした。
 ニヤリと悪い笑みを見せる彼に、ロビンも食いつく態度を見せた。
 「いつも来てくれるから、お礼に最近開発したこの媚薬、プレゼントしちゃうよ」
 そういうとロイカはロビンのポケットにささっと桃色の液体が入った小瓶を忍ばせた。
 「あの連れのお姉さんに使ってみなよ。ちょっと触れただけで記憶ぶっとぶくらい強烈な効果があるよ」
 「それもはや劇薬だろ」
 ロンドの言葉を軽くいなし、ロイカは相方であるすり鉢の異形頭のアルドと話している女性に目をやった。
 褐色の肌に赤紫の髪。側頭部と額には真紅の輝きを放つ角が生えている。
 ロビンの付き人であるシンチー・ウーだ。
 シンチーはロイカから鎮痛剤と塗り薬を受け取ると、ロビンとアルドの視線に気づいていたらしく、何か、と可愛げもなく聞いた。
 「いや、なんでもないよ。さぁ、ケーゴ君の所に早く行こうか」
 ロビンはへらへら笑いながらロイカから離れた。
 「…」
 主が何か不適切な考えを持っていたらしい。そこまでは感じ取ったが、シンチーは特に言及はせずに、見舞いに急いだ。
 去っていくロビンとシンチーに向かってロイカはお楽しみに―っ、と叫んだ。
 シンチーはその言葉に反応してロビンをギラリとにらんだ。対するロビンは彼女から目をそらした。
 そしてロイカはすでに我関せずとでも言いたいかのように客引きを始めたのであった。

     


 「もう、大分歩けるようになったし、大丈夫だと思うんだけどなぁ」
 酒場の二階にある宿部屋で、ケーゴは恥ずかしそうにそう呟いた。
 「治りかけが一番危ないんです」
 しかし、シンチーはそう言い切って、ケーゴの足首に触れた。
 
 ケーゴと共に森で人語を解する獣と戦ってもう五日ほど経つ。
 その際、ケーゴは足を傷めたのだ。本人の言う通り快方に向かっているのだが、シンチーは律儀にも彼の介抱を続けているのである。
 西の森の戦いではシンチー自身ケーゴに助けられた節がある。その恩なのだろう。
 部屋にロビンはいない。いらぬ気を遣っているのか、それ以外の思惑があるのかは二人にはわからない。
 とにかく、ケーゴにとって重要なのは部屋にシンチーと二人きりでいるということだ。
 ベッドの上に座るケーゴの足首に軟膏を塗るシンチー。ケーゴの目線からだと、彼女を見下ろすという形になるのだが、それが非常に困るのだ。
 シンチーはスタイルが良い。
 それなりに高い身長に引き締まった体。そして治療をしてもらうとちょうど見やすい位置にくる胸の谷間。
 見るなという方が殺生ではないか。こちらは思春期真っ盛りの男子なのだ。
 あの夜はそれどころではなかったから気にも留めなかったが、こう毎日のようにあっているとどうしても意識してしまう。
 彼女自身は下を向いているから、こちらの表情を見られずに済むのが唯一の救いだ。
 かといって凝視するわけにもいかず、半ば半殺しの状態で薬を塗ってもらっている。
 一度一人で薬ぐらい塗れると言ったのだが、包帯のまき方がわからず、結局シンチーに頭を下げることとなった。
 かくして、ケーゴは今日もシンチーの谷間をチラチラと盗み見るのであった。
 「…いつも思いますけど」
 と、そこでシンチーが顔を上げた。
 「楽しいですか、それ」
 「なっ、何が!?」
 ケーゴは慌てながら大声でそう聞き返した。突然の質問に声が裏返る。
 胸に注がれていた視線は首ごと動かすことでそらした。
 内心に焦燥が生まれる。心当たりがあるからに他ならない。
 なんでもない風を装うように、ケーゴは口をひくつかせながらもシンチーの顔を見た。
 対するシンチーはじとっと半目になりながら、自分の胸を指さした。
 「…っ!!」
 心臓が高く跳ねた。
 冷たい視線に貫かれているのだが、ケーゴの顔は火照った。
 ばれてた。何か弁解を考えようとしたが、焦りで頭がうまく働かない。
 ある意味西の森での戦い以上に窮地ではなかろうか。
 「あ、あの、その、」
 口をパクパクさせる。
 顔の熱さはとどまることを知らない。
 シンチーも多少は意識しているようで、少々顔を赤らめている。
 そして、その顔を隠すかのようにうつむいて呟いた。
 「…私、人間じゃないんですから」
 「種族は関係ないだろっ!?」
 反射的に言い返したその言葉は、しかし、彼の本音である。
 彼の発言にシンチーは一瞬目を見開いたが、いつもの無表情にすぐ戻った。
 室内に奇妙な沈黙が流れた。
 
 
 ケーゴの部屋の前でシンチーを待っているロビンは、ここ数日の動きを書いた文章の推敲をしていた。
 そして、そこまで特筆するようなことをしていないことに気づいてしまった。
 宿屋を探して、人助けに巻き込まれて結局宿屋が見つからずじまいというのを繰り返しているのだ。
 人助け自体を後悔するような性格ではないが、同じことの繰り返しでは読者が飽きる。
 ここは一度、大きな冒険をしなければ。
 一人で提案して、一人で満足そうにうなずく。
 では、どこに行くべきか。
 それを考え始めた時、シンチーが部屋から出てきた。
 「お待たせしました」
 「あぁ、ケーゴ君はどう?」
 「もう二日もすれば走り回れるようになると思います」
 それはよかった、とロビンは応えた。と、そこでシンチーの顔が赤いのに気付いた。
 「どうした?ケーゴ君に愛の告白でもされた?」
 そう茶化してみる。
 するとシンチーはいつもよりも低い声色で、
 「それよりも恥ずかしいこと言われました」
 と伝えた。
 いつもはその程度の応答で終わるのだが、今日のシンチーはそれ以上に喋った。
 「…私は中途半端な生き物です」
 「あぁ」
 「だから、考えられません。…その、色々」
 「そうか」
 「どうして彼はいつもあんな青臭いことを言うんでしょうか」
 シンチーの頭の角が鈍く煌めいている。彼はため息をついた。
 ポケットにねじ込まれた媚薬を思い出す。
 二人で一緒に行動するようになって長いが、「そういう関係」になったことは一度もない。
 主従関係も原因の一つではある。
 だが、それ以上にシンチーは自分が半亜人であることに複雑な感情を抱いている。それが問題である。
 この世界にはさまざまな種族が存在していて、種族の数だけ問題がある。差別もあれば友好的な関係もある。
 そんな中、シンチーは人間としても、他の種族としても生きることができない。
 その血ゆえに愛することは許されないだろう。その血ゆえに愛されることもできないだろう。
 だが、その混血故に主を守る力を手にしているのだ。
 そんな自分自身を彼女は好きにも嫌いにもなれない。
 その積年の思いを、ケーゴははっきりと関係ない、と言い切ってしまったのだ。
 初めて感じた解放感にむずがゆさを感じつつ、シンチーはケーゴの部屋の扉を見つめていた。

 部屋の中ではケーゴが今しがたシンチーに言った言葉を思い出して悶絶していた。
 お互いの関係に種族は関係ない。それに間違いはないと思う。
 田舎町出身のケーゴはミシュガルド大陸に来るまで人間以外の種族を見たことはなかった。
 それ故に知らないのだ。種族間の軋轢など。
 だからこそ、純粋な気持ちで、嘘偽りなくその思いを告げることができた。
 ただ、あの言い方ではまるで愛の告白ではないか。
 「確かに、確かにおねーさんには恩もあるけどさ、べ、別にそういう訳では」
 顔を真っ赤にしながら自らに言い聞かせる。
 それにしても、あのおねーさんの言い方。たとえ愛の告白であっても、その思いは拒絶されていたのではないだろうか。
 少しだけ心が痛んだ。
 そんな考えを振り切ろうと頭を思い切り横に振る。
 今度はシンチーの胸が頭に浮かんできて、ケーゴは余計に赤面するのだった。


 酒場を出たロビンは後ろに控えるシンチーに先ほどの考えを伝えた。すなわち、もっとアグレッシブに行動しようというものだ。
 「…で、どこに?」
 すでに先ほどの悩ましさは心の奥にしまいこみ、シンチーは冷静に主に聞き返した。
 「そうだなぁ、とりあえず交易所の外には出てみたいね」
 歩きながら話し合う。
 と、そこでつい最近知り合った男が目に入った。
 ロビンの視線に気づいたシンチーも、そちらへ目を移す。
 そこにいたのは白髪壮年の眼鏡をかけた男性である。それだけではない。彼を先頭として、子供たちが隊列をなしているのである。
 男性の名前はロンド・ロンド。このミシュガルド大陸で青空教室を開いている男性である。
 「やぁ、ロビンさん、それにシンチーさん」
 二人に気づいたロンドは深々と礼をした。
 ロンドはミシュガルドに学校を建設するという提案をしたロビンに対して少なからず恩を感じているのだ。
 彼が連れている子供たちは、ロビンとシンチーに興味津々だ。特に亜人の血が混じるシンチーに視線が集まる。シンチーは気づかないふりをした。
 微笑むくらいできるようになってほしいものだ、とロビンは一人ごちつつもロンドに尋ねた。
 「今日はどうしたんですか?遠足か何かですか?」
 「えぇ、いつもいつも勉強ばかりじゃ飽きてしまいますから、今回は西の森に行こうかと思っているんですよ」
 「西の森?危険じゃないですか?」
 心配そうな表情を見せるロビンに対して、ロンドは笑いかけた。
 「森と言っても、交易所の近くのひらけた場所です。森の奥には絶対行かせませんよ」
 なるほど、とロビンとシンチーは納得した。
 「バグバグの実がなる木がたくさんありましてね。子供たちも喜ぶと思うんですよ」
 そうロンドはにこりと笑った。
 そんなロビンを見て、ロビンはシンチーに提案した。
 「とりあえず、我々も西の森に行ってみようか?」

     

――――

 「大交易所の西の森、ねぇ…」
 アルペジオは困ったように顎に指をやった。
 「相当広いから面倒そうだ」
 ラナタもため息をついた。
 甲皇国軍駐屯所の指令室に呼ばれた二人は、参謀幕僚たるスズカ・バーンブリッツに命令を下された。
 すなわち、
 「森で行方不明になった機械兵の探索、かぁ」
 アルペジオは部屋の窓から身を乗り出してそう呟いた。
 駐屯所は森の中に造られている。そして、その森は大交易所の正門近くまで広々と、深々と、広がっている。
 森の中は日中でも薄暗く、危険な生物も多々生息していると聞く。それはもう、故郷の動物とはまったく異なる生物たちが。
 「……っ」
 まただ。また頭に鈍く、白紙のようなイメージが浮かび上がって消えた。
 なにかが存在している。なにか、大切ななにかが存在している。
 だが、それが見えないのだ。
 アルペジオの様子に今度は気づかなかったらしく、ラナタは自分の愛刀の手入れをしながら状況の整理に努めた。
 「交易所から派遣された機械兵を含めた小隊が森の探索中に何者かに襲われた。兵士たちはみな殺され、機械兵たちも壊されてしまっていた」
 アルペジオがそれに続く。
 「兵士たちの体の破損具合からして、森の原生生物に襲撃された可能性が高い。ただ、その場には一体だけ機械兵が足りなかった」
 機械兵は、皇国の技術の粋を尽くして生産された新たな軍の兵器と言ってよい。
 内部に魔力を込めた蒸気機関を搭載しており、その魔力によって動く機械人形である。人間と違いただ命令に従って動くだけであり、逃亡や裏切りはあり得ない。ミシュガルド大陸で運用試験が始められており、実験的に多くの部隊に機械兵が投入されている。
 その機械兵が一体足りない。
 機械と言えど不死ではない。永久機関たる魔力機構が破損すればたちまち動かなくなってしまう。
 いわば心臓であるその部位を破壊されつつもどこかに逃げ延びそこで息絶えた場合、それが発見されていないのなら良い。しかし、それが他国に発見されてしまうと、甲皇国の技術が流出してしまう恐れがある。
 本来は敵に鹵獲されそうになると自爆するよう作られているらしい。しかし、魔力機構が破壊されていればその命令さえ実行されないのだ。
 アルペジオとラナタに下された命令は、その行方不明の機械兵の探索である。
 襲撃された場に自爆の痕跡はなかった。しかし、一体足りない。
 だから、その機械兵を回収する。どこかで自爆していたとしても、その確認をする。
 襲撃を受けたのが昨日の未明。時間の勝負だ。
 交易所に待機している皇国軍も森に派遣されたらしいが、多くをその探索にさいてしまうと今度は交易所内で問題が発生しかねない。
 甲皇国、精霊国家、商業国家の三国の絶妙な均衡の中で成り立っている交易所の勢力関係。それを維持する要因の一つに交易所内の軍事力があるのだ。
 だから、駐屯所からも人員派遣が要請された。
 そして、白羽の矢が立った者の中に二人がいたのだ。
 「とにかく、すぐに出発しよう」
 そう言ってラナタは立ち上がった。剣の手入れも終わり、準備は万端である。
 アルペジオもそれに続き、外へ向かう。
 「そうですね。急いで発見しないと」
 甲皇国のために。アルペジオの瞳に迷いはない。
 「あぁ、そうだな。…もし、機械兵が何者かと接触していた場合、」
 ラナタが剣の柄を力強く握りしめた。


――その者を切り捨ててでも、任務を遂行する。

       

表紙

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Neetsha