Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
3/24〜3/30

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 送別会の帰り道、二次会にも出そびれてブラブラしていると滅多に見掛けない先輩を見つけたので挨拶に寄ることにした。
「お久しぶりです」
 そう言って声を掛けると、先輩は少しビクッとしてから柔らかく笑った。
「こちらこそ久しぶり。元気そうで良かったよ。どっか入って話す?」
 正直お腹は一杯で酔いも大概回っていたが、久方振りの誘いを断るほど野暮でもない。
「是非、お邪魔でなければ」
 先輩の案内に従って裏路地へ入っていく。ついた先は見た感じは明らかに古民家で、そもそも店ですらない。その怪しさに一瞬尻込みしたが、先輩は相変わらずひょいひょいとドアを開けると敷居を跨いでいく。私も慌てて後に続いた。

「へえ、じゃあ結局学位は後回しで就職なんですね。正直心配してましたよ」
「俺の方こそ心配してたよ。ずっと大学行ってなかったんやって? 送別会に出たってことは復帰したん?」
「ええ、まあ……」
 先輩の追及に歯切れの悪い返事しか返すことが出来ない。大学を長らくサボっていた私は在学年限の都合上、卒業の危機に直面していたからだ。
「ひとまずは出ること優先です。一応就活もしますけど、出たあとのことは出られてからまた考えます」
 そう言うと、先輩の目がふっと優しくなった。
「そうか、色々あったんやろうけど、まあ出るだけならきっと何とかなるよ。ほら、これでも飲んで、俺の研究に貢献してくれ」
 先輩が差し出したのは一杯の酒だった。そういえば、先輩の研究は醸造だったっけ……。琥珀色だが、ウイスキーや梅酒とは違って、かすかに甘い香り以外は何もしない。グラスを振るとトロトロと液体が動いた。
「これは?」
「ここの店のオリジナル果実酒。俺のオススメやけん、グッと一気に……旨いで」
 先輩の優しい声音に誘われて口をつけると、優しい味わいが口に広がり飲みやすい。一気に飲み干してしまう。
「これ美味しいですね。飲みやすいしーー」
 その瞬間、地面がぐらりと揺れた。席に座っていられず、机に倒れ臥す形になる。いつの間にか先輩が隣にいて、私を抱きかかえた。
「すいま、せん、あにょ……」
 慌てて弁解する声も呂律が回っていない。私の肩をしっかり抱きながら、先輩が囁いた。
「大丈夫。君の進路が決まってないなら、俺の研究に好きに使わせてもらうから。君は心配しないでいいよ……」
 私はそれきり、意識を手放した。

     

「本当にこんなところにいるのか? そのスゴ腕の復讐引受人ってのがよ」
「間違いねえ、俺の調べた限りじゃあそこの寺が根城だって話だ」
 歩く道には薄明かりが木立を通して陰を落としている。この先の古寺は、地元じゃあ幽霊や化け物が出るともっぱらの噂だ。大の大人といえ、好きこのんで来るような場所ではない。それでも二人が行くのは、ある女への復讐の為だった。

 突然耶蘇吉が歩みを止めた。振り返り、唇に手を当てながら為五郎に手招きする。為五郎が前へ出ると、木立の隙間から二人の人影が見えた。一人は女のようで、樹の幹に手をつき、腰を後ろに突き出している。もう一人はその腰を両の手でしっかと掴み、ゆっくりと前後に自分の腰を動かしていた。耳を澄ませば、僅かに女の喘ぎ声も聞こえる。
 誰がどう見ても、男と女の逢引現場に相違なかった。

「あれだよ」
 と耶蘇吉が呟いた。
「奴だ。あの後ろから女を犯してる奴が例の復讐代行人だ」
「おいおい、おめえを信用しねえワケじゃねえが、こんなうらぶれたところで青姦するような奴が復讐代行だって? 冗談だろう」
 為五郎がそう言うと、耶蘇吉はかぶりを振った。
「いや、奴はただの復讐代行人じゃねえ。見ろ、相手の女は一人じゃねえ……まだ宵の口だってのに、もうあれだけの人数をやっちまったんだ」
 見れば、男の足元には着物がはだけた女が5、6人も倒れている。時折ピクリと動く以外はみじろぎもしていない。
「これこそが、奴の復讐方法なんだよ。流浪の『犯し屋』……それが奴の本性だ」
「お菓子屋? 饅頭や羊羹で復讐をやってくれるってのかい」
「馬鹿、そのお菓子じゃねえ。女をコマすって意味の『犯し』よ。なんでも、赤子だろうと山姥だろうと、ホトさえあれば間違いなく犯して孕ませるんだそうだ」
 為五郎の茶化しを無視して耶蘇吉は続けた。
「ある時は恋心を弄ばれた復讐に身籠らせて全てを台無しにする為、またある時は種なしの当主の代わりに継嗣を産ませる為、一度犯せば百発百中……ついた仇名が」
 耶蘇吉は首筋に冷たいものを感じ取り突然押し黙った。いつの間にか目の前のまぐわっていた二人のうち、男の姿は消えており、女だけが樹の根本に崩れ落ちている。背後に何者かの気配があった。静かな、それでいて何人をも萎縮させるような底冷えのする低い声が響く。
「いかにも拙者が『犯し屋』だ……『子作り狼』とも呼ばれている。用件を聞こう」

     

 残り30秒で5点ビハインド。状況は絶望的である。うちの操縦者は頑張ってくれている。今も予選ではちょっと考えられなかったぐらいのスピードで次々に障害をクリアしているところだ。しかし再スタートによってロスした時間の差は埋められていなかった。もはや相手のマシンに故障が発生するぐらいしか勝つ目がない。

 恨みがましい目で大声援の相手校応援団を見上げる。反対側の応援席には、うちの顧問と母親4、5人が静かに座ってるだけだ。折角のロボコン決勝だというのに、うちの高専と来たら「甲子園と被った」とかいう理由で応援団は今は大阪にいる。まあ高専で甲子園出るなんて前代未聞だから気持ちは分かるけど。
 甲子園の対戦相手は智花和歌山。チャンステーマのジョン・ロック、通称「魔曲」が有名な強豪校だ。ご存知ない方の為に説明すると、演奏するたびに相手チームがエラーしたり球がイレギュラーバウンドしたりするので、「甲子園のマモノを呼び出す曲」すなわち魔曲というわけである。

 そう、魔曲だ。魔曲に頼るしかない。俺はこっそり持ち込んでいたトランペットを取り出した。自慢じゃないが中学の頃は吹奏楽部だった。甲子園の鳴りモノ演奏ほどの迫力はないが、俺一人であの大声援に対抗してやる。大きく息を吸い込むと、高らかに吹き鳴らす。自分でもビックリするほど大きな音が出る。いい感じだ。これまでで最高の応援を送れるかもしれん。

 相手チームの操縦者が驚きのあまり操縦をやめてこちらを見ている。見れば、相手のマシンは明らかに操縦とは違う不可解な動きを始めていた。どうやらトラブルのようで、マシンを止めて修理をするようだ。見たか、魔曲の力を。一方のうちの操縦者は最初こそ死ぬほど驚いていたが、リモコンを手放さなかった。よくやった、という思いを込めて、いっそう強く息を吹き込む。甲子園のマモノよ、応援団を生贄に捧げたのだから、せめて力ぐらい俺に寄越せ。

 いつの間にか演奏に熱中していた俺の目の前に審判がいた。トランペットをガシと掴んで演奏を中断させられる。思わず非難の目を向けた俺に、審判は静かな声で言った。「迷惑行為で失格処分、退場」

 後に発覚したのだが、相手チームのマシンには音波センサが仕込まれており、俺の演奏が誤作動の原因だったようだ。効果はあったんだ、と弁明した俺はその後1ヶ月メンバー全員に昼飯を奢ることになり、貯金が消えた。

     

「だからー、この内装はおかしいでしょう? そもそもの条件が、このインテリアに合うような形でって話だったのに、この壁紙じゃあ色が調和してないですよね?」
「ええ、そうですけど、でも……」
「それに、ここ手抜きじゃないですか? 天井の張り替え、やるって言ってましたよね? 聞き間違いでしたっけ?」
「やるって言いましたし実際やりましたよ、というか……」
「だったらどうしてこんなにいがんだままなんですか? これじゃあ張り替えした意味がないと思うんですが」
「それはいがみじゃなくて元からそういう形なんです。骨組ごと隠そうかとも思ったんですが、そのまま残されるほうがいいとおっしゃられましたから……」
「なるほどね、確かにそう言われたらそうかもしれない。でもさ、実際に施工した結果がどうなるかって業者さんが一番詳しいわけじゃない? そこんとこを誤魔化して『依頼主さんが良いと言ったんで……』で開き直られちゃあ困るよ。僕らは専門家さんを信頼してこうやって仕事をお願いしているわけであってさぁ」
「はい、ですからあの……」
「そもそもですね、ここ元は2階立ての物件だったわけでしょ? それを3階建てに改装して、近隣住民に事前説明もなしにハイおしまいって訳にはいかないんじゃないんですか? 分かりますよ、最近流行りですもんね二世帯住宅。内情は分かりますけど、それとこれとは別問題なわけですから……」
「確かに近隣住民の方との問題はありました。けれども、それについては施主でもあるこの家の持ち主の旦那さんが一番丁寧に折衝して下さいました。それに、我々としても、一般住宅としては異例の住民説明会みたいなことだってやったわけです。こんなことは滅多にないですよ……それというのも、施主である旦那さんが、近隣の方との関係を大事にしたいからと特別に行ったことであって、我々としてはこれ以上のことは行うべくもないというか、貴方説明会にも来てないですよね? そこまで面倒は見れないですよ」
「ご心情はお察ししますけど、私としては断固としてこの改装内容には抗議致します。やるならもっとちゃんとした仕事をしてください。頼みますよ」
「あのですね、この際はっきり言いますけど、貴方この家の持ち主じゃないですよね? 近隣説明会にも来てないし、一体何者なんですか? 何の権利があって我々にクレームをつけてるんですか?」

     

 社員の指示に従って作業列を移す。目の前には丸い透明なガラス玉のような物が並んでいる。
「手順は一緒すか?」
「うん、あ、5番目だけ飛ばして後回しにして。終わったら指示するから俺呼んでね」
「はい」
 素直に返事して、俺はハンマーを取り出した。玉の中心に向かって打ち下ろすと、パリンと小気味よい音を立てて割れる。中身は空洞のように思えるが、実際は中に粘土か豆腐のような湿った半固形の柔らかいものがいくつかの電子部品と一緒になって入っている。まるで脳みそみたいな感じだ。割るとそれらは外に飛び散るのだが、それについては俺の仕事の管轄外であった。
 10個ほど割った頃、ふいにちょっと人の呻き声のような音が聞こえてきた。この仕事も長いが、こんなことは初めてだ……初めてと言えば、さっきなんか変な指示されたな。確か……
「うわっ、しまった!」
 慌てて5番目まで戻ると、やっぱり玉は割れていた。しかもその下から例の呻き声が聞こえてくる。どうやら俺のミスが原因っぽい。やっちまった……。
 善後策を社員に乞おうと内線ダイヤルを回していると、例の音のする玉のあった辺りに人が立っているのが見えた。おいおい何者だよ、どこから入った……そう聞こうとして、その人影から例の音が発せられていることに気付いた。よく見ればその頭はハンマーで叩き割られたかのように陥没しており、身体全体に粘土のような半固形の物体がへばりついている……。
 俺が何か言うより早くソイツはこちらへ向き直った。ソイツには目がなかった。いや、目というより顔そのものがないから、俺の方へ向けたのが前側なのかどうか分からないが……。とにかくその「無貌の顔」をこちらに向けて、ソイツは切れ切れに言った。
「助……け……もう、殺さ……で……」
「もしもし、どうした?」
 電話の向こうで社員の声が聞こえた。
「あっ……社員さん、なんか、間違えて割っちゃって……したら、なんか、変な奴が現れて、なんか……と、とにかく助けてください」
 社員の指示は明確だった。
「あーやっぱり5番の電源切り損ねだった? あの場で時間取って確認すれば良かったね。もう割っちゃって起動しちゃったんだ……そうしたらそのアンドロイドの背中の方に主電源のスイッチがあるハズだから、それ押して。もしそれでも電源切れなかったら、悪いんだけど俺行くまで変なところ出歩かないように監視しといてくれない? よろしくー」

     

 20年来の友人の披露宴。新郎の友人の顔は輝いている。当然だ、人生にそうそうない晴れ舞台だからな……。奥さんも優しい柔和な微笑みを浮かべてそばに寄り沿っている。世界一幸せそうな二人だと思った。

 一方の俺はと言えば、慣れない場に引きずり出されて完全に気が動転していた。つんつるてんのスーツ。剃り残した髭。普段は気にしていないはずの吐息の加齢臭すらも気にかかる。はっきり言えば、全員が俺を笑っている気がする、という感じ。そんな事は被害妄想だ、単に中学生によくある自意識過剰な考え方だと分かってはいても、その思考を止められない。

 その時、俺の耳にクスクス笑いが忍び寄ってきた。空耳だ、被害妄想だと思い込もうとしたが……無理だ。本能が告げていた。背後のテーブルで女性たちが指さして笑っているのは……俺だと。顔が真っ赤に茹で上がるのが分かる。式は進行しているが、俺の耳にはもう何も入ってこなかった。これ以上生き恥を晒すなら、もう帰ろう。そう思った時だった。

「お引き取り下さい」
 突然の声に驚いて振り向くと、そこには前に立って挨拶していた筈の新郎がいた。その目は俺の後ろにいた女性たちに鋭く向けられている。高校時代、俺や彼をいじめて喜んでいた女どもを睨みつけていたあの目を思い出した。
「人選には万全の注意を払ったつもりでしたが、こちらの落ち度で貴方がたを呼んでしまったようです。それについては大変申し訳なく思います。しかし我々としては他の参加者を愚弄するような輩にはここにいてほしくありません。ご祝儀はお返ししますから、お引き取りを」
 静かに、だが有無を言わせぬ口調であった。

 女たちは鳩が豆鉄砲を食らったようになって、口数も少なに退散していった。その後、残った参加者に丁寧に詫びて回る新郎を見ながら、俺は改めて思った。彼はいつも誠実なのだ。招待前にも「呼んで大丈夫か?」と確認されたし、式前日にもわざわざ電話で「無理して出なくてもいいからな」と言ってくれた。今の出来事だって、いわば俺のワガママな出席によって起きたことなのに、こうしてその泥を被ってくれたのだ。だからこそ、今日の晴れ舞台が、アイツには相応しいと思える。

 結婚おめでとう。末永くお幸せに。

     

「お願いです、買って下さいよ」
「くどいですよ。あんたみたいな怪しい業者から買うぐらいならそこのホームセンターでも行って買いますわ」
「皆さんそうおっしゃいますけど、これまで買ってないんですよね? ほら、アフターサービスもさせていただきますし」
 押し売りの訪問販売との格闘を始めて既に30分以上。いつもはしっかり断れば大人しく引き下がるのだが、今日の相手は特段しぶとい。応対が長引いておちおちメシの準備も出来ない。さっきからコンロで沸かした湯が気になる。

「もう今日は何と言われても絶対買いませんからお帰りくださいな。今この場で買うメリットを身を持って実証されない限り私は折れませんよ」
 押し売りは、しばし黙ってから言った。
「メリットが実感出来れば買っていただけるんですね?」
「いやそう言う……」
「分かりました。ではどうぞご実感下さい」
 押し売りの声と同時に、キッチンの方から爆音が響いた。続いてゾウが歩き回っているかのような重たい足音。慌ててキッチンに向かった私の目に写ったもの、それはちょっと信じがたいシロモノだった。

 ソイツは目を爛々と輝かせてこちらを見ていた。背後には燃えさかる炎。前門の火事、前門の鬼。前途多難とはこの事である。そんな下らないことを考えているうちに、鬼は炎のようなたてがみを揺らめかせてこちらへ歩いてきた。逃げなくては……しかし腰が抜けて立ち上がれない。
 何かないか。背後を必死に探ると、固く冷たいものが当たった。私は手にしたそれを夢中になって鬼に投げつけた。ゴツンという鈍い音と耳をつんざかんばかりの悲鳴。手にしていたのは消火器だった。鬼は消火器もろとも炎の中へと倒れ込む。ついで爆発音が響き、辺りを白い粉が舞った。急激に熱せられた消火器が破裂し、消火剤を撒き散らしたのだ。鬼は姿を消していた。白い粉と破片、それにさっきまでコンロに載っていた鍋の残骸だけが、私の前に散乱していた。

「どうです、役に立ったでしょう?」
 私の後ろにいつの間にか押し売りがニコニコしながら立っていた。
「消火器があれば、こうやって悪徳業者の悪霊召喚にも対応出来ますよ♪」
 私はそばに落ちていた鍋を手に取った。幸い湯はまだ少し残っている。
「いい言葉を教えてやろう」
「なんですか?」
「マッチポンプって知ってるか?」
 私は押し売りの頭から煮えたぎった湯を浴びせかけた。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha