Neetel Inside ニートノベル
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デェーとティー
仕事の流儀~おっぱいチラ見スタ 横山修一

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――朝、改札を通り抜ける、人、人、人の波。その中で一際目を引くひとりの女性。通勤時間にスーツで溢れ返るその流れを裂くように現れたその群青色のアウターは決して華やかなファッションではないが、高さのあるパンプスが前に踏み出すたびに揺れるニットセーターに包まれたその、ふくよかな二つの乳房。今、その女性に向かって一直線に歩き出した男が居た。

「いやぁ、本当ありがたいですよね。日本でもこういう光景が日常になって国際化の波を感じると言うかね」

 ツイッターやインスタグラムといったSNSの普及により、海外スターとの距離が身近に感じられ、それらを参考にした生地を体のラインに密着させるようなファッションが数増えて普及している。

《あ、今見た!》

《え、今の撮れてる?…まさか、おー、そのタイミングで来たかー》

 思わずカメラも見落とすほどの自然な動作。男とすれ違った女性を呼び止めて話を聞いてみた。

《あのー、すいませーん》

 スタッフに声を掛けられて足を止めるその女性。丸眼鏡の中から覗く大きな瞳。駅から徒歩数分の企業で働くOLだという。

《いま、胸、見られてたの気付かれました?》

《えっ、何ソレー!全然気付かなかったー!……きもーい》

 デデデン、デデデン、デデデデーデデン^~

 この街で20年間、女性の胸をチラ見し続ける男、横山修一。

「青春ですよ。いくつになっても、男の夢」

 性に憧れ、愛を手に入れられなかった少年時代。

「やっぱりねぇ、反抗なんですよ。一種のね。いわゆる社会に対しての」

 相手に気付かれることなく、一瞬の間に美貌を脳内記憶する動体視力。

「優しさですよ。一番大事なのは見られる方にとっての、思いやり」

 男はなぜ、この街で女性の胸を見続けられるのか、そしてその先にある未来とは。

 永遠の夢を追い求める彼の流儀に、密着・・・


 横山修一。39歳。

 職業は都内のビルでの清掃業務を主に請け負っている。15階建てのビルの男子トイレ。これらを全て午前中に綺麗に掃除する。

「ありがとう、なんて言われる事なんか一日に一度、あるかないかですよ」

 ゴム手袋をはめ直し、汚物が付着した便器に向かって横山はブラシを向けた。横山は登録した派遣会社からの紹介でこのビルでの仕事を2年前から続けている。シフトは週5日で時給は1100円。
交通費の支給はなし。一日7時間半の勤務。これらで得た収入で横山は足立区のワンルームマンションで一人暮らしをしている。

「うわぁ、これは酷い。いやんなっちゃうね」

 個室のドアを開けると床にはおびただしい量の尿が水溜りを作っていた。横山の話によるとこのような粗相をして、そ知らぬ顔で便所を出て行く従業員が最近、後を絶たないのだという。

「やっぱり、皆ストレスが溜まってるんだろうね。皆大変だ。俺だって大変。生きていくのは大変。それは本当に」

 その階の男子トイレの掃除が終わると横山は階段ですぐに次の階へと向かう。

 用具入れのバケツの中にあったブラシに手をかけた横山がすぐにそれをバケツに戻した。3つあった個室、全てに鍵。満席だ。

 用を足す便器の掃除が出来ない以上、その先の階へと進むことは出来ない。中に居る人間が出てくるまで、横山は待たなければならない。

「(この年で)何やってるんだろーなって思うことはしょっちゅう。低く見られてるというより、人間扱いなんてされてねぇんだろうなって」

《横山さーん》

 トイレの前から横山を呼ぶ声が聞こえる。

「ああ、女子トイレ担当の山口さん。いつもシュウちゃーんなんて呼んでるんだけど、テレビだから」

 手持ち無沙汰の横山がトイレを出る。背の低い、腰の曲がった壮年の女性が仕事のベテランらしい態度で横山の袖口を掴んで指導を始めた。

《一階のゴミ、箱から出し忘れたでしょ?》

「いっけね忘れてた」

《しっかりしてよ。わたし達はプロなんだから。先輩に言われたこと、お客さんに頼まれたことは必ずする。そうしないと次の契約、会社から切られちゃうよ》

 受け流すような態度で聞き流す横山を見て山口さんは語気を強めた。

《あんたが忘れた場所、あとで私がやってんのよ。もうこの仕事2年やってるんでしょ?しっかりしてよ。ほんっと、シュウちゃんなんていてもいなくてもおんなじなんだから》

 そう言葉を告げてずけずけと、山口さんは階段を上って次のトイレへと向かっていった。彼女の真意は伝わらず、横山は口元に笑みを浮かべていた。

「僕にとって最高の褒め言葉ですよ」

 踵を返すと個室から出てきたスーツ姿の男とすれ違ってトイレに消えていく。横山の一日はまだ、始まったばっかりだ。


 コォォォン..『横山にとっての“仕事”』


     

――横山は40年前、鹿児島のとある小さな町に生まれた。横山の祖母、キヨヱさん。84歳。彼女に横山の少年時代を尋ねてみた。

《いやぁね、あの子はもう、子供の頃からほんっとどうしようもない助平でね。いまでもはっきり憶えてる。夏祭りがあるんだ。
毎年夏休みになるとあの子が祭りに来たムゼたお嬢さん目がけてふらふら歩いてってね、人ごみん中、すれ違い様にお嬢さんの胸に頭を擦り付けて歩いて行くんだ。連れの男が私を見ておい、なんていうから私がナイシチョット、て聞いだらあの子がチョッシモタ、って顔してそそくさ歩いて行くのを見てね。
『ああこれは亜希子と私の育て方が悪かったんだね』って町内会の皆に頭を下げて歩いたの憶えてる》

 その後、何度注意しても、横山は母の亜希子さんとキヨヱさんの言葉に耳を貸さなかったという。

《あの子も亜希子が学生の時に出来た子供だがらね。すぐに種元の父親が消えて、母も遊びたい盛りだったから私の家で面倒見ていたつもりだったんだけど、寂しかったんだろうね。
あの子は変に頭が良いところがあって、『ばぁちゃん、女の人は浴衣の下に何も着ないんだぜ』って言い出したり、捨ててあったテレビを拾ってきて部屋で修理してさ。深夜にほら、やってたでしょ、助平な番組。それを夜な夜なこそこそ見ていたもんだからね。
コラー、って言っておばあちゃん、何度も注意してたけど、結局言うこと聞かなくてあの子はどこかガンタレたまま大人になってしまったね》

 共に過ごした時間を懐かしむように遠くを見つめる白髪の老婆。祖母の想いはいまだ、孫には届いていないのだろうか。


――竹ノ塚駅から歩いて10分弱、家賃4万5千円の安マンションが横山の城だ。

 部屋の戸数は8。主に身寄りの無い老人や生活保護者など、社会的に弱者と呼ばれる住居者がほとんどである。6畳一間の中心に腰を下ろすと横山は胡坐をかいてスタッフに向けて笑顔を見せた。

「ひどいもんでしょ。折角の主役だってのに、こりゃねぇだろって顔してるよ、みんな。こないだ上の階に住むほとんど寝たきりのじいさんが居るんだけど夜中にドーン!って建物中に響くような大きな音が上から聞こえてきてさ。
びっくりして飛び起きたけど、ありゃあ、寝返りなんてもんじゃなかったよな。みんな色々抱えてるんだ。大変だ」

 大変だ、大変だと口癖のように横山は繰り返す。横山が大学を卒業した時期はちょうど就職氷河期。それでも一度は定職に就いたものの、長続きすることなく職を転々とし、今に至る。先の見えない、しかし確実に音を立てて忍び寄る破滅への不安。しかし、横山の表情は明るい。

「俺ぐらいの年になると普通の男はさ、やれ今年は俸給いくら貰っただの、新しくクルマを買ったとか、子供が小学校に上がったとかそういう話が出るでしょ。でも俺無いから。それ全部無いから!
でもね、俺全然悔しくない。うん、焦りもないよ。だってもう今更どうしようもないじゃん。自分に出来る範囲で、大変だけど生きていくしかないでしょ」

 悲壮感漂う言葉とは逆に横山の声は自虐性を孕んで弾む。その明るさは根源はどこにあるのか。

「仕事以外に居場所があるのが大きいんだと思う」


コォォォン..『チラ見ではなく、ガン見』


――貧困に苦しむ人々の生活に詳しい森永琢朗氏。彼に番組スタッフが撮影した横山の改札口前での行動を見てもらった。

《ほほー、これは凄い…これ何時撮ったの?》

《ちょうど一週間前です》

《いや、これ凄いですよ。女性の方は全然気付いていない訳でしょ》

 森永は興奮気味にポータルプレーヤーの巻き戻しボタンをタップする。拡大した画面には横山の横顔が映っている。

《…ここ!普通の人だったら見ちゃうよね。おっぱい。だってこんなに揺れてるもの!…でもここで見ちゃうのは普通のおっぱいチラ見スト。ここからが凄いんだ。通り過ぎる瞬間、女性の注意が緩んだここよ、突然の開眼。
まるでアメ横のスリを見ているみたいな(笑い)。ここまで待てるのは凄いよね。普通のおっぱいチラ見ストとは違う。彼の動作はまさに、チラ見ストを超えたおっぱいチラ見スタと呼ぶに相応しい》


 人並み外れた横山の技術、その凄さはどこにあるのか。スローVTRで見てみよう。

 30メートル先の女性にターゲットを絞った横山が近づいたのは、改札に向かうサラリーマン。やや前を歩くその男性の背をスクリーン(壁)にし、気付かれずにターゲットに近づく。

 視線は常に前。堂々と胸を張って歩く。すれ違い様、上下に触れる胸を見つめるのはその一瞬。ターゲットの女性が瞬きをしたコンマ数秒。それだけあれば横山の仕事にとっては十分だった。

 更に別の女性とのすれ違いを見てみよう。胸元の開いた服を着た女性に近づいた横山の視線はやや右斜めを向いている。しかし、その方向には何も無い。

 これが森永も舌を巻いた横山固有の技術テクニック

 『フェイクオブジェクト(仮想の物体)』

 さっきとは逆に気配を存分に発揮した横山が眺めているのは女性の後方に創り出した有りもしない空想のオブジェクト。目を開き、少し驚いたように口を縦に広げる。

 別カメラから撮った映像。まるで横山の目には初めて見る奇想天外な形状のオブジェが建っているような、日常の空間に驚きと感動が混じった雰囲気をかもし出している。その熱意に女性の意識が思わず後方に向かう。

 その刹那、チラ見ではなく、ガン見。特上の果実に舌鼓を打つように女性の胸を眺め回して通り過ぎる横山の姿。女性が正面に意識を戻した時、彼女の視線からは綺麗さっぱり、横山は消えていた。

「辛い時、苦しい時、大変な時。この感覚を思い出して気持ちを奮い立たせるんですよ。仕事が出来ねぇ、とかお前なんか要らねぇよ、とか言われた時に、俺にはこの技術があるんだって!」

 横山を支え続ける自尊心の源、類まれなるそのスキル。横山の“仕事”に立ち止まり振り返る反省の二文字は、無い。


     

――数日後の日曜、駅前の喫茶店で紅茶を啜る横山の隣に一人の男が座っていた。横山が住むマンションの近所に住んでいる通称、猫飼い。チラ見スタとして活動する横山に憧れる一人だという。

《横山君とは通いつけの居酒屋で知り合って。最初は犯罪一歩手前の事やってるやばい人だと思ってたんだけど(笑い)。実際やってみると奥が深いね。チラ見》

 猫飼いは数年前から横山と一緒にこの駅で若い女性のチラ見をする仲だという。喫茶店を出ると一人ひとり別々に行動し、戻ってきてはここで結果報告をする。

《ちなみにご家族は?》

《学生時代に知り合った相手と結婚して娘がふたり。会社ではそれなりの地位を得て部下も何人か居るよ(プライバシー保護のためモザイク処理を加え、音声は変えています)。チラ見は一種のスポーツ感覚だよね。週末の運動(笑い)。ストレス解消になるし、勝負勘も磨かれる》

 インタビューに答える猫飼いを見て微笑む横山。そんな彼の前に若い男二人組みが姿を現した。

《今日はよろしくっす》

「どうも。こちらこそ」

《荷物こっちでいいっすか?》

 席に着いてコーヒーを注文するその男達。聞く話によると彼らは地方の大学に通うかたわら、ユーチューバーとして活動しており、番組で取り上げていた横山の動画を見たという。

 我々は名義上、彼ら二人を背が低く頭にニットを被る男をトビとし、青いスカジャンを着た短髪の男をトラと呼ぶことにした。トビがカメラに向かって指を向けて話し始めた。

《動画見て驚きましたよー。まさか自分らがやろうとしてる馬鹿げた事に先駆者がいるだなんて。今日は勉強させて頂きます。先輩》

「いや、いや。そういうのいいから。座って」

 立ち上がって大げさに頭を下げたトビを見て横山が席を立った。トラが口に咥えた煙草に火を着けた。横山は煙草を吸わない。衣服に煙草の臭いが付いてしまうのが、嫌だという。

「俺は女性にとって煙でありたい、なんてね。それに駆け出しの頃は臭いでバレちゃう事が多かった」

 窓際で腕を組んで今日現れた二人を眺める横山。今回彼らの呼びかけにより、番組では横山に対決を持ちかけた。

 この日駅近くの会場で若い女性に向けたファッションイベントが開かれており、その帰りで訪れた女性達をどちらが上手くチラ見出来るかを競う。場所は駅に向かう商店街の一角。

 新旧チラ見ストの誇りを賭けた戦いがここに切って落とされた。

「若い人が自分の映像を見て色んな事を感じて貰えるのは嬉しい事。でもそれが良い方向に受け止めて貰える事は少ないね。残念ながら」


――時刻は16:00。イベントが終わり会場から駅を目指して色めいた洋服を身に纏った女性達が歩いてきた。この日は春先だが気温が高く、下着の上にシャツを羽織っただけの大胆な装いの女性も多数見受けられた。

《オレが行きます》

 先頭バッターはトビ。商店街の入り口に並んだ横山と猫飼いの表情が引き締まる。トビはターゲットを見つけると対向する人たちをすり抜けながらその黄色いシャツを羽織った女性目がけて進んでいく。

 その女性はファッショントレンドになっているロックテイストのキャップを被り、襟を立てた薄手の長袖シャツのボタンは全て開けられ、小ぶりだが美しく揺れる彼女の象徴となった谷間があらわになっている。

《アレは難しい。携帯いじってないもんね。それに気が強そうだ》

 猫飼いが顎ひげを親指の腹でなでながらトビの動向を見守る。緊張の一瞬。黄色いシャツとすれ違ったトビが目を大きく見開いてこちら側に右手を振り上げた。

「駄目だあれは。ぜんぜんダメ」

 苦笑いを浮かべて首を振る横山。黄色いシャツの女性はトビが胸を見たことに気付いていない様子。では一体何が、横山の中ではダメだったのだろう。


コォォォン..『サードアイ(第三者の目)』


 さっきのトビの行動をVTRで見てみよう。周りの雑踏を上手くすり抜け、気配を消したまま女性とすれ違うその一瞬に揺れる胸を注視。いわゆる模範的なチラ見である。

 だが横山はこの後にトビが犯したミステイクあるという。

「ほら、ここ。通り過ぎて少し経った後。彼女の知り合いが肩を叩いて彼女に何か知らせてる」

 横山が説明をしているその時、トビがチラ見した女性が我々スタッフとすれ違った。思わず目を疑った。彼女は胸元のボタンを上まで全て閉じていた。振り返って横山が話を続ける。

「(緊張から開放された安心感で)こっちに向かってガッツポーズしたでしょ。こういうのは本当に良くない。せっかくこっそりおっぱい見れたのに自分からバラしているようなもんだからさ。
チラ見にだってマナーがある。それに女性の胸は男の心の給水所。悦びはみんなでシェアしないといけない」

《どうでした?オレのチラ見?》

 達成感のある顔をしてトビが我々の元に戻ってきた。《ぜんぜんダメだってさ》横山の言葉を借りた猫飼いが彼を迎え入れる。

《次は俺が行きますよ》

 人ごみの中でも一際目を引く風貌のトラが仲間の後に続いた。「大丈夫かな」歩き出すトラの背中の刺繍に目を落とした後、横山は辺りを見渡した。この日は要所に並べられた警官の数が多い。

 テロ対象国となり数年後にオリンピックを控えている日本。人々の安全を守るため有事の際には多くの警官達が街を見張る。今までと比べてより強固となった警備を敷かれた中でチラ見スト達は思い出を積み上げていかなければならなくなった。

《ちょっと、何!?》

 突然響いた女性の大声。我々は先を歩いていたトラの姿を探す。《ちげぇし!見てねぇって!》彼は振り返り女性に向かって身の潔白を晴らすように両腕を広げて声を張り上げている。近くに立った警官のレシーバーの声をマイクが拾った。

《こちら商店街入り口。男が女性に向かって大声をあげている。対応よろしく》

《待てって!何もしてねぇって!離せや!》

「まずいことになった。失敗した」

 その場から無関係だという風に歩き出す横山と猫飼いの二人。人集りのできた商店街に警官複数に取り押さえられたトラの声が響き渡る。

「まぁ法律がその、女性にとって有利過ぎるよね。こっちは別に触った訳じゃなくても相手からしたら性的な目で見られたって訴えられるしさ。こっちだってタダでおっぱいが見られるわけじゃない。なんだってリスクはあるよ、それは」

 ある意味、特別な性的嗜好を持つ男性の趣味と思われたおっぱいのチラ見。その実態には社会的に糾弾されるといったこのような危険性も孕んでいる。


 先程まで居た喫茶店に戻って来た四人。警官から釈放されたトラが席に着くなり、顔を両手で覆って膝をついて俯いた。

《これ、モザイク入ってますよね?》

 番組スタッフに何度も確認のため尋ねるトビ。同じ大学に通う仲間を思っての行動。しかし彼らの悪行は皮肉にもこの後に活動していたユーチューブで裁かれる事となった。

《そんなに落ち込む事ないよ。ただあの場で女性にキレちゃったのはね。あのままやり過ごす事だって出来たはずだよね?どうして突っかかって行っちゃったの?》

 柔らかい口調で猫飼いがトラに尋ねる。トラは掌で顔を擦るばかりでその問いには答えなかった。後に彼はユーチューバーとして活動する自分のチャンネルで《田舎から都会に来て傷跡を残したかった》と語っている。

 苛立ちを堪えた横山が彼ら二人のチラ見を総括するように厳しい口調で告げた。

「やっぱりそんなに甘い世界じゃないよ。こっちは18で東京出てきて20年続けてるんだ。目立とうとしてやってたらダメ。もっと女性に見せてもらう事に対して謙虚にならなきゃ」

 その瞬間、トラが荷物を抱えて立ち上がり、トビを連れてその場から歩き出した。そして入り口の前で振り返ると横山に向かって声を張り上げた。

「世の中のゴミが偉そうに説教しやがって。きめぇんだよ、この中年童貞!」

 騒然となる店内。残された店内で横山はカップの飲み物を飲み干して一度だけ伸びをするように顔を歪めて呻いた。


「やっぱり上手く行かなくて(彼も)悔しかっただと思う。あんな大勢の前でチラ見して捕まったなんて言ったら恥ずかしくて(地元に)帰れないよね。家族もみんな大変だ」

 マンションへの帰り道。番組スタッフのひとりが彼と並んでインタビューを続けていた。いつもと変わらないトーンで語る横山。だがその足取りはどこか力なかった。

「そうだ、トイレの紙が無い。帰りにコンビ二寄らなくちゃ。そこの交差点でさよなら」

 信号が青になりスタッフと別れて歩き出す横山。歩道の真ん中で胸元を露出した若い女性とすれ違った。女性はすぐにバッグから防犯ブザーと取り出すと、怪訝そうな顔で横山の姿を振り返った。

「世の中のゴミ、か」

 去り際に彼が残した一言。これまでに何度も女性の胸を見続けてきた横山の瞳からその魔力が消えていた。

     

 次の週の日曜日、我々は横山に都心の某駅へと呼び出された。この日は近くの会場で国内最大規模のファッションショーが開催されている。

 前回の失敗を踏まえ、横山がチラ見スタとしての真の実力を我々番組スタッフに見せるという。

「どーも、よろしく。今日は(取材)最終日?ちょっと悪い流れが続いてたからね。ここでズバッと、最高のチラ見を皆さんに見せたいと思っているよ。うん」

 後ろの方で携帯電話を片手に家族と思わしき相手と話していた猫飼いが横山を見て微笑んだ。今回横山のチラ見ストとしての生き様を見届ける立会人だ。駅構内に入り、すれ違う人々を見て横山は今日のターゲットを見定める。

「金曜日、派遣の契約切られちゃってね。来週から無職」

 思いもしなかった横山の言葉に耳を疑う。怠慢な横山の作業態度がビルの監視カメラに写りこみ、派遣先の会社から懲戒解雇の連絡が入ったと知らさせた。

「決めた。アレ行く」

 足早に歩き出す横山の動向を我々は猫飼いと共に遠巻きから見守る。猫飼いは今日の横山は雰囲気がいつもと違うという。

《彼も最近良いトコ無しで気負ってる部分はあると思う。それにしても今日多いね》

 猫飼いの言葉で番組スタッフが辺りを見渡す。道の短い間隔で配置された警官の数。この警備の中、女性の胸をちらり見るのは容易な事ではない。

《あ、失敗だ》

 甲高い猫飼いの声があがる。人ごみから女性の前に姿を現した横山にターゲットの彼女が気付いてしまい、失敗。

《スクリーンを抜けるタイミングが早かった。らしくないミス》

 顎ひげを親指の腹で撫でながら今の横山の動きを振り返る猫飼い。確かに今日の横山の動きはぎこちない。改札の前を通る女性にフェイクオブジェクトを仕掛けるも、これも失敗。

《ちょっと目に力がなくなってるよね。以前までの(おっぱいに対しての)執着がなくなった》

 猫飼いの言葉で先日別れ際に見た横山の姿を思い出した。いつもなら難なく見れていた女性の胸元。目の前で警官に組み伏せられたトラの姿を見て横山の心に迷いが生じたと猫飼いは語る。

《それでも、取り戻そうとしてるんだと思います。チラ見ストとしての、これまでの自分を》

 その後何度か失敗を繰り返し、横山が猫飼いの元へ戻ってきた。腰に手を当ててスタッフから渡されたペットボトルを手に取る横山。警官の数がこれまでとは段違いだという。

《この日に大規模なイベントが行われることは分かっていた?》

「それはもちろん。それで今日は皆をここに呼んだんだ。でも難しいね。やっぱり第三者の目が(気になる)」

《メンタルの問題?》

「いや、それは関係ないよ。いつもと同じ。普段通り」

 水を飲み込むとボトルを渡して力強く二度頷いて横山は歩き出した。《頼むよ横山さん》猫飼いが顔の前で手を組んで祈り始めた。

 構内の雑貨店の前には女性向けのグッズが置かれている。それに気をとられた女性の視線が向かう、美貌の所持者の注意が緩むチラ見ストとしては絶好のチャンス。

 横山がそこを目がけて歩いていくと雑貨店を大きく通り過ぎた後にUターンしてこちら側に戻ってきた。どうやら死角にも警備員が配置されていたらしい。


 PM18:00。イベントが終了して2時間以上が経ち、駅付近には出演モデルを意識したような胸元を大きく露出した女性の数が減ってきた。日曜という事でOLもほとんど居ない都心の構内。

 若い女性にターゲットを絞る横山にとっては不利な状況。そしてまた、スクリーンから抜けるタイミングを逃して失敗。《ほんと、どうしちゃったんだろうね》これには猫飼いも腕を組んで首を傾げる。


コォォォン..一瞬に全てを賭ける


 撮影を始めて早3時間。この日横山は一度も綺麗な形でチラ見を決められてない。フィルムを代えるカメラマンが苛立つ中、横山が我々に衝撃のひと言を放った。

「次で決められなかったら、俺、警察に自首するわ」

 猫飼いが、言葉を失う。「ターゲットはあの子にする」我々にそう告げると改札に向かって横山は歩き出した。《そんな、無茶だよ横山さん》

 横山が最後のターゲットに決めたのはニットの上から大きな胸を揺らしながら歩く地方から訪れたと思わしき若い女性。キャリーケースを片手で引き、煌かす瞳には都会への憧憬が映りこんでいる。

 横山ならずともすれ違う男性が彼女の胸に気をとられてチラ見する。その度に彼女は振り返って男の後頭部を睨みつけた。横山が到着する頃には我慢の限界。大声で警備員を呼ばれてもおかしくない状況だ。

「はっきり言っちゃうとさ。俺は男からチラ見されるようなおっぱい大きい子とは付き合えない。でもチラ見をしているその瞬間、その子のおっぱいは俺だけのものになる。その瞬間が堪らないんだ。
その子の為になんにも出来ない。その子に声も掛けられない俺がコンマ数秒、その子と繋がりが持てるんだ」

 取材当初に横山がマンションで熱く語っていた言葉を思い出した。


「チラ見は俺の生きる希望なんだ」


 横山がいつものように前を歩く男性をスクリーンにして道を歩く。しかし、彼は女性のかなり前でその背中から離れて歩き始めた。猫飼いも知らない初めて見せる横山の新ルート。

 左側からおっぱいを眺める予定だった横山が右側に移動。彼女に近づくとさっきまで横山の前を歩いていた男が女性の揺れる胸を眺めた。すると彼女の怒りのこもった瞳が男の顔を睨んだ。

 その瞬間、横山の口許は笑っていた。前の男の思考を読みきった二重での、そしてフリーによる乳独占のガン見。

 彼女の注意が別の男に行く中、横山が彼女の正面で揺れる大きな胸、横乳、そして最後に下着が浮いた背中を眺めて大回りをしてこっちへ戻ってきた。

「やった、俺やったよ!」

《よくやった。すごい、すごいよ横山さん》

 涙ながらに抱き合う中年ふたり。極限状態のプレッシャーで横山は新たなチラ見スタイルを身に着けてそのミッションを成し遂げた。


 デデデン、デデデン、デデデデーデデン^~

「やっぱりね、不安はありますよ。チラ見した子が俺を警察に突き出すんじゃないかと、女性に対して怖さみたいなもんを感じてる部分もある。でもやめられないんだよね」

《横山修一にとってチラ見とは?》

「こういうとき別の人だったら“人生!”なんてカッコ良く答えられるんだろうけどさ。そういんじゃないから。誰でも見れるから。日々の積み重ねだよね。それとちょっとした工夫。それでつまんなかった人生は変わると思う。
ほんのちょっとだけどね」

 おっぱいチラ見スタ横山修一。男としての生き様を貫く彼の進化に、終わりは無い。

 ―終―
NえっちK 




       

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