Neetel Inside 文芸新都
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私の親友について私に何が言えるというんだ
今すぐに!

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 今すぐに!
一階堂 洋

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 ぼくの隣の家に住む中年は狂っていた。
 そしてあろうことか、ぼくを恨み始めた。

 彼は東口さんという。それ以上、彼を語る言葉を、ぼくは知らない。丸刈りだとか、筋肉質だとか、キャップを被っているとか――それらは細部に過ぎない。それを知ったところで、一体何が分かるというのか?

 冬休み、ぼくが長野の大学から帰省すると、家の前に東口さんがいた。当時、恋人に、セックスもさせてもらえずに、ぼくはフラれていた。
 だから、彼に、ぼくはつらくあたってしまった――かもしれない。

ぼく「こんにちは」
東口さん(沈黙)
ぼく「こんにちは」
東口さん(沈黙)
ぼく「こーんーにーちーは!」
東口さん(沈黙)

 確かに、彼が聾で唖だと、ぼくは思っていた。それはいけないことだった。


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 それから、東口さんは、ぼくのことを恨むようになった。
 夜中の三時に、日本語と謎言語のちゃんぽんで怒鳴り続け、「それじゃあヒヒギウェだ! まるで赤ちゃん言葉だな! 憲剛!」というフレーズを何回も繰り返した(僕の名前は憲剛だ)。昼間、彼はこんこんと眠り続けた。

 彼の車には、『水曜どうでしょう』のステッカーが貼ってあった。それはぼくの自転車にも貼り付けられた。ぼくは剥がしては捨てた。貼っては剥がすが繰り返された。

 それも、いけないことだったんだ。だから何だと言うんだ?

 彼はぼくを監視し始めた。
 空が白っぽい青に晴れた日の夜――頬が痛くなるくらい寒い夜――にも、彼はぼくを覗き見した。ぼくの部屋は、リビングから離れた場所にあり、ぼくが「東口さんだ」と家族を呼び寄せても、東口さんは「お前なあ、三島先生はなあ! 武道がなあ!」と叫びながら逃げた。


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 そして今、ぼくはだいぶ参っている。

 ぼくが自慰行為をしているところを、東口さんはカメラに収めた。それを、A4紙に印刷して、僕の顔に彼は射精していた。屋外でだ。寒空の下でだ。見ようによっては詩的だった。

 しかし、それはぼくの自慰行為の写真で、かれは毎日パキシルを服用している東口さんだった。

 ぼくは父と母と姉に訴えた。東口さんは狂人だと、彼らは遠回りに肯定した。

父「分かってる。東口さんも大変なんだ。あっちの家には言ってはいるから」
ぼく「だから何だってんだ!」
父「だからちょっと我慢してくれ。おれの定年が来たら――」
ぼく「来たら何だってんだ!」
父「だから――」
ぼく「だから何だってんだ!」

 写真の中の、一物を握りしめた僕は、一物を握りしめた東口さんに顔射されていた。


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 その状況を、ぼくは写真に撮った。そして、それを見ながら、自分の一物を握りしめた。
 ぼくでヌく東口さんで、ぼくはヌく。
 それを始めた時――母親がぼくを羽交い締めにした。

母「何やってんの!」
ぼく「東口さんをどうにかしろよ! じゃあどうにかしろよ!」
東口さん「まるで赤ちゃん言葉だな!」
ぼく「まただ! 東口さんだ!」
母「大丈夫、東口さんはなんとかするから、大丈夫」
ぼく「じゃあ今すぐどうにかしろよ! 今すぐ!」

 目の前に、姉が立っていた。

ぼく「東口さんをどうにかしてくれ! 今すぐに!」

 彼女は諭すように言った。
「東口さんはいない、あんたはいかれているよ」

母+父+姉+東口さん(一緒に)「あんたはいかれているよ」

 でもあいつを黙らせて欲しいんだ!

 今すぐに!

       

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