Neetel Inside ニートノベル
表紙

チャッカマン ~ミシュガルドの巨人~
第三話「人間機械」

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燃える高層ビル群、爆発するエネルギータンク。
人々の叫びが木霊し、最新鋭戦闘車両や攻撃ヘリの放つミサイルやリニアガンの音が響き渡る。
燃え盛る炎の中、血が滴る傷ついた体に鞭打ってコウラクエンは歩く。
最早戦える体ではなく、一刻も早く味方と合流しなければならない。
だが戦場は混乱し、どこに味方がいるのかわからない状況だ。

「くそ…」

出血が酷く、もう痛みも感じない、視界が霞む。
諦めたくはないが、覚悟を決めねばならないか。
そう思ったコウラクエンの前に救いの女神が現れる。

「チャッカマン君!」
「スイコウ…助かった…」

角と牛耳を持ち、長い黒髪で片目を隠した巨乳の女が護衛の兵士を引き連れてコウラクエンの元へ走ってきた。
牛の獣人、獣神将の衛生兵スイコウだ。

「無事でよかった、さあ」

そう言って、スイコウは手を広げてコウラクエンを血が付くのも構わずその大きな胸の谷間に抱きしめる。
すると暖かな光がコウラクエンを包み込んでその傷が消えていった。

「ありがとう、スイコウ」
「お礼はいいから、楽にして」

激しい疲労状態であった事と、周囲を固める完全武装の護衛の兵士、敵の気配も感じない。
優しいミルクの香りとスイコウの言葉に、コウラクエンはそこが戦場である事も忘れて体の力を抜いてしまい…それが、命取りになった。

「危な」

突如、スイコウが身を屈め、頭上を凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。
なんだ!?と驚いて上を見上げると、そこにあるはずのスイコウの頭が無くなっている。

「ス…スイコウ!?」

驚き、何かが去った方を見ると、巨大な両手の細身の機械がこちらに向かって立っていた。
その手には驚きで目を見開いたスイコウの頭が握られている。
周囲を武装兵士が囲んで守りを固める中で音もなく現れ、人間よりも数段強靭な獣神将の身体を容易く引きちぎった細身の機械。
その性能に震え、首の無いスイコウの死体と共にその場に崩れ落ちるコウラクエン。
スイコウの護衛で随伴していた武装兵士がそんなコウラクエンを背に庇い、自動小銃を機械目掛けて発砲する。
だが、機械は細身の体に不釣り合いな巨大な両手でそれを弾き、そのまま一気にこちらへと距離を詰めてきた。

「うわああああ」

巨大な金属の拳が、コウラクエンに降り注ぎ…。




はっとコウラクエンは目を覚ました。
そこはミシュガルドの宿屋で、時刻は深夜、寝汗をびっしょりとかき、先ほど感じた恐怖と緊張がまだ体に残っている。
恐ろしい夢だった。
コウラクエンはため息を一つつき、傍に会った水差しの水を飲む。
気持ちが静まり、落ち着くと、ふっと疑問がわいてきた。

(あんな昔の事を何故今思い出したんだ…?)

確かにあの出来事は強烈に記憶に残っていた事ではあるが、混沌との戦いが終わった遠い昔から今日までこんな事はなかった。

(まさか…ガラクアティア、奴も蘇ったのか?)

戦慄の予感に、コウラクエンは生唾を飲み込んだ。



甲皇国の旗を掲げた数台の馬車が深夜の森を進んで行く。
甲皇国とは惑星ニーテリアの西の大陸にある巨大な帝政国家だ。
ニーテリアにおいて特に科学技術が発展しており、それを象徴する様に馬車の上には夜道を照らす電気で動くライトが取り付けられ、中にいる兵士は自動小銃を持っている。
更に馬車の中には金属でできた機械の兵士が多数待機していた。
すごい科学力だが、しかし、それら科学技術の大半は出土した旧文明の遺産を模造した物で原理がわかっていない物が多い。
また、甲皇国は「人間至上主義」を掲げ、人間以外の種に対しては冷酷かつ残虐な面がある。
現にこの馬車列の中には子供を含むエルフや獣人が数名、鎖で繋がれて拘束されていた。
彼等は何の罪もないが、道中この兵団に襲われ、問答無用で捕まえられたのである。

「クソみたいな護衛任務だったが、まあまあな臨時収入があったな」

馬車の中で後続する拘束した亜人達の馬車を見ながら、甲皇国将校、丙武が眼鏡を直しながらにやりと笑った。
最初突然護衛任務を言い渡された時はただ面倒だと思っていたが、道中では思ったより多くの亜人を拉致する事ができたからである。
亜人を拘束したのは軍の指示ではなく丙武の独断であり、彼は私的な奴隷売買で利益を得ているのだ。

「それにしても…なんでホロヴィズ様はわざわざ将軍をこれの護衛につけたんでしょうかね?俺はどうもそれが引っかかるんです」

馬車に同乗する兵士が不思議そうに丙武に聞いてきた。
そう問われて、丙部も確かになぁと首を捻る。

「魔法石、火の魔力が籠った石が鉱山で大量に採掘されたんで奪われない様にって話だったが…」
「アルフヘイムの方じゃこいつはありきたりなもんだから亜人共の軍隊がわざわざ奪いに来るとも考えにくいし、盗賊とか相手なら普通の護衛でも問題無いですよね?」
「SHWの野郎どもならアルフヘイムから買った方がどう考えてもリスクが低い、だからわざわざ俺が出てきてまでこいつを守るのは過剰すぎる、確かにそうだ」

丙武は甲国屈指の戦闘能力を持っていて、彼の次の任務は甲国の開拓を妨害するテロ組織の制圧だ。
一刻も早く叩き潰す必要のあるテロ組織を放置してまでありふれたただ量があるだけの魔法石を守らせるのだどうにもおかしい。

「そもそもホロヴィズ様の直の命令ってのも引っかかるんだよな」
「スカルチノフ様を通さずに直にっすからね」

ホロヴィズというのは甲皇国ミシュガルド調査団の長を務めている男だ。
同時に丙家という甲皇国貴族の長でもあり、丙武はこの丙家の末端にいる。
そして、高齢のホロヴィズに代わって直接丙武達調査団の各部隊を指揮しているのがスカルチノフだ。
本来ならホロヴィズの意思はスカルチノフを介して丙武へ届くのだが、何故か今回はそれを介さず、直接ホロヴィズは丙武に魔法石輸送の護衛を命じたのである。

「魔法石がどうしても欲しいってんならSHWから買えるよな…」
「スカルチノフ様とホロヴィズ様が仲悪くなったって話も聞きませんしね」
「じゃあ…やっぱ守る事に意味があるって事か」

ホロヴィズは常に鳥の骨の形をした被り物をして、マントで体を隠している不可思議な人物だ。
かなりの高齢で、何を考えているのかわからない所がある。
だが決して無能ではなく、アルフヘイムの数百年生きたエルフ達を幾度も戦争で出し抜き、今もなお政治の面で対等以上に渡り合っている人物だ。
意味のない命令や非効率な命令をするとは考え難い。

「なんだぁ!貴様ぁ!」
「敵襲!!敵襲!!」

突然、前方の馬車から叫び声が聞こえて来た。
馬車列が停止し、機械兵が降車して周囲を警戒し始める。
丙武もすぐさま馬車から降りて、部下を引き連れて前方へと向かった。
馬車の進路上、数十先にフードを目深に被った何者かがライトに照らされて立っている。
背丈は女程だが、肩幅が異様に広く、明らかに人間ではない。

「構わねえ、撃て」

その容姿を一瞥し、丙武は即座に発砲を命令する。
味方でない事は明白であり、人間でもないのだ、例え敵対の意思が無かったとしても亜人ならば死んでもなんら問題はないと判断したのだ。
命令を受け、馬車の周囲に展開した歩兵達が容赦なく自動小銃を発射する。
フルオートで放たれる銃弾の雨がフードを穴だらけにするが、硬質な反響音がするだけで何者かは全く倒れない。

「撃ち方やめ」

激しい銃撃の影響でフードの周囲に煙が立ち始めたので、丙武は視界が効かなくなる事を考慮して射撃中止を指示した
それと同時に銃撃でぼろきれと化したフードが風で吹き飛ばされ、何者かの姿が明らかになる。
それは巨大な両腕を持った細身の人型機械だった。
武骨な両腕と、それと対照的に女の様に細い胴体、脚。
西洋甲冑の様な頭からは、わずかに人間の口元の様な物が見える。

「なんだありゃ…」
「化け物」

異様な怪物に、狼狽える兵士達。
しかし、丙武は怯まず、むしろふんっと鼻を鳴らした。

「なるほどなぁ、どういうわけか知らねえが、こういうのが襲ってくるのがわかってたら俺に声がかからあなぁ…撃て」

丙武の合図に、再度自動小銃の斉射が始まる。
機械の怪物はそれを物ともせず、今度は身を低くして部隊の方へ走り出してきた。

「撃ち方止め、機械兵、突撃しろ」

迫りくる機械の怪物に、丙武は周囲に展開する機械兵達に迎撃を命じる。
0参型と呼ばれる兵士達よりも小柄な機械兵達がそれに応じて、剣を手に機械の怪物目掛けてガシャガシャと突撃を始めた。
だが怪物が滑らかに動いているのに比べると、その動きはお世辞にも俊敏とは言えず、頼りない印象を受ける。

「おい、奴の足が止まったら砲撃しろ」
「はっ」

小銃を撃っていた兵達の後ろにいる、擲弾発射器を持った兵士に丙武は指示した。
擲弾(グレネード)は着発式で威力はあるが弾速が遅い。
丙武は機械兵と怪物が戦い、怪物が足を止めた所を機械兵ごと吹き飛ばすつもりなのだ。
ぐんぐんと距離を詰める怪物と機械兵。
遂に両者がぶつかる、と、思ったその時、突如機械兵達が足を止め、くるりと向きを変えて逆にこちらへと突撃しはじめた。

「な!?」
「はぁ!?」

これには兵士だけでなく、丙武の顔にも驚きが浮かぶ。
バグや動作ミスではない、明らかに機械兵達はこちらに敵意をもって迫ってきている。
あの怪物が何かしたのだ、と丙武は直感的に察した。

「構わねえ!皆殺しにしてやれ!撃て!撃て!」

すぐに怪物と機械兵への銃撃を命令する丙武。
慌てて自動小銃が斉射されるが、金属製の機械兵は銃弾を受けても怯まず向かってくる。

「抜剣!!」

苛立たしげに叫ぶ丙武。
兵達は銃を置いて脇に刺した剣を抜こうとするが、間に合わない。
勢いよく機械兵達がぶつかってこようとした、その時、凄まじい速度で機械の怪物が機械兵達の後ろから現れ、剣を抜いた兵士の頭をすれ違いざまにもぎ取った。

「うわぶっ」

更に怪物は突然の襲撃に驚く兵士の頭をその巨大な腕で叩き潰す。
そこに機械兵達が斬りかかり、あちこちで悲鳴があがり、次々と兵士達は倒れていった。
そして兵士達を切り捨てた数体の機械兵が丙武にも斬りかかっていく。
丙武はへっと苛立たし気にそれを鼻で笑う。

「越えちゃいけねぇ一線越えやがったなてめぇ」

凄まじい勢いで何かが丙武へ迫る機械兵達のの頭部にさく裂していき、砕けた頭部が次々と宙を舞った。

「ぶっ壊してやるぜ!クソ野郎!」

怒りを露わにして叫ぶ丙武。
拳だ、丙武が拳の一撃で機械兵の頭を叩き潰していったのだ。
破けた手袋の中に見える丙武の拳は、機械兵の様に黒光りしている。
丙武の両手足は過去の戦いで失われ、強力な義手義足に代わっているのだ。
義足が生み出す超人的な脚力で飛ぶ様に移動し、次々と機械兵を拳で沈めていく丙部。
指揮官の奮戦に士気を取り戻した丙達も混乱から立ち直り、機械兵を撃破し始める。
部隊が士気を取り戻したのを見た丙武は、このまま勝利を掴むべく大地を蹴って勢いよく怪物へ突進した。
対し、怪物は足を止め、防ごうとする様子もない。

「喰らえ!!」

丙武の渾身の一撃が怪物へ放たれ…

「な…何!?」

止まった。
拳は怪物の目の前で止まり、丙武の身体は怪物の前でぴたりと止まってしまう。

「どうなってやがる!う…動けねえ!」

それまで丙武の意のままに動いていた彼の義手義足が突如機能しなくなってしまったのだ
焦り、必死に動かそうと胴体をくねらせる丙武。
だが、義手義足はぴくりとも反応しない。
丙武は自分の手足の整備を怠っていない、故障するにしても両手足が同時に壊れるなどありえない事だ。

「まさか…てめえが」

振り上げられた怪物の巨腕が、丙武の脳天にさく裂する。
鈍い音と共に倒れ、動かなくなる丙武。

「うわぁあああ」
「た…助けてくれええ」

丙武が倒されたのを見た兵士達は、最早敵わないと見て武器を捨て、一目散に逃げだした。
だが怪物は簡単にそれに追いつき、巨腕で逃げる兵士を叩き潰していく。
断末魔と共に次々となすすべなく犠牲になる兵士達。
馬車を引いていた馬達も恐怖で暴走し、馬車を転倒させ、手綱を引きちぎって逃亡する。
勢いよく転倒した馬車の中で捕まっている亜人達の悲鳴が響くが、誰もそれを気にする余裕は無い。


「ち…ちき…しょ」

部下の断末魔と悲鳴が響き渡る中で、丙武は意識を取り戻した。
両手足を義手義足にした際その他の部位にも改造を施し、頭蓋骨に鋼線を入れていた為即死を免れたのである。
だが殴られた頭部は凹み、右の眼球がぼろりと飛び出し、顔中から血が噴き出して意識がどんどん薄れていく。
もう長くはないだろう。
だが、亜人の手で両手足を失った時も、丙武は憎しみの力で生き残った。
今度も怪物への強い憎しみが丙武を現世に繋ぎ止め、突き動かしていく。
幸い義肢は動いたが、殴られた影響で神経接続が狂ったらしく、義足は最早動かず、義手も力が出ない為その場を這う事しかできない。

「助けてくれえええええやめろおおお!やめ…」

最後の兵士が馬車から少し離れた所で命乞い虚しく頭を握りつぶされた。
兵士を全滅させた怪物は転がる死体を踏みつけながら馬車に戻ってくる。
やはり狙いは魔法石らしいが、もう丙武にはそんな事はどうでもいい。
薄れゆく意識の中で必死に這い、怪物へ向かっていく丙武。
あの細い脚に死ぬまでかじりついてやろうと思っていると、その手が何かに触れた。
銃、擲弾発射器だ。

「やっ…て……やる!」

最後の力を振り絞り、それを握り、構える丙武。
怪物はこちらに気づかず、背を向けて、横転した馬車から木箱を持ち出そうとしている。

「死ね!」

そう叫び、丙武は擲弾を発射した。
発射音に気が付いた怪物がこちらを向くが、両手が塞がり、雪駄に防ぐ事も避ける事もできない。
怪物の頭部に擲弾がさく裂した、瞬間、背後に迫っていた機械兵に丙武は首を跳ねられた。



朝の光の中、森の中に灰色のマントを被った金属質な怪物が佇んでいる。
その前に、大量の木箱を抱えた甲皇国の機械兵達が歩いてきた。
マントの怪物、ジルバエンがそれに気づくと、機械兵達は跪いて見せる。

『ハガネノイシのモトに』

そう言って、ジルバエンに持っている木箱を献上して見せる機械兵達。
現人類の機械兵達の忠誠を示す動作に、それが自分の送り出した者の手による物であると察したジルバエンは、近づいて行って木箱を開封する。
そこには彼が奪取を命令した火の魔法石がつまっていた。
しかし、自分がこれを持ってくるよう命じた者の姿はどこにもない。

「ガラクアティア、目的を達成したのならば、何故戻らない」

ガラクアティア、丙武の馬車を襲った細身で巨腕の怪物の事だ。
その体はジルバエンと同じく全て機械でできているので、サボタージュや逃亡の可能性はない。
人類に敗北して破壊されたならば魔法石が届くのはおかしいし、大破して動けないのならばこの機械兵を使って助けを求めてくるはずだ。
そもそも戦闘型の獣神将とも互角に渡りあう性能を持ったガラクアティアにこの時代で脅威があるとするならば、チャッカマンか、生き残った獣神将位なはずである。
もしそうであるならば迅速な調査が必要と考えたジルバエンは、虚空に部下の名前を呼んだ。

「荒ぶるタヌキ」
「はいここに、ジルバエン様」

その言葉に応じて、ジルバエンの前に光が収束し、厚みを持たない、タヌキの絵の様な物が現れる。
電子生命態、機械導者荒ぶるタヌキだ。

「新たな怪獣はどうなっている?」
「は、現在探索中です」

荒ぶるタヌキは先日チャッカマンによって支配下にあったゴキブリの怪獣を倒され、新たな怪獣を捜索している最中だった。
如何に機械導者といえども怪獣の入手はそれなりに時間がかかるのである。
それはジルバエンも了承しているので、特に急かすでもなく報告を了承すると、傍に並ぶ機械兵達を指差した。

「ガラクアティアが昨晩の任務から戻らない、これが最後に奴から送られてきた物だ。分析せよ」
「承知しました」

ジルバエンの命令に、光の粒子に戻って機械兵の一体に侵入していく荒ぶるタヌキ。
そして機械兵の記憶回路から情報を引き出した荒ぶるタヌキは、ガラクアティアの最後の行動を知った。

「…ジルバエン様、ガラクアティアに施したロックが外れております」
「何?」

荒ぶるタヌキの報告に、少し動揺を見せるジルバエン。

ガラクアティアは破金の意思の最大の障害である人類を研究し、完全に理解する為に作られた個体だ。
それ故に人間に対して何より興味と関心を示し、その情報を取り入れる様に作られている。
だがそれはやがてジルバエンの意図しない働きをしはじめ、機械導者としての使命に支障をきたすまでになってしまった。
なので復活の際、ジルバエンはガラクアティアの思考にロックをかけ、単に命令を忠実にこなすだけの存在にしたのだ。
だが、外付けされたロックは強い刺激に弱い、何らかの理由でそれが外れてしまったらしい。

「今の所我々に反旗を翻すほどの暴走は無いようですが、危険です、直ちに回収に向かいます」
「うむ、破金の意思の下に」
「破金の意思の下に」

再び粒子となって消える荒ぶるタヌキ。
今は新しい怪獣を探している場合では無い。

「早くもう一度ロックをかけなければ、…また人間になりたい等と言い出す前に」

旧時代では人間を理解する為の強い興味関心プログラムは、やがてガラクアティアに人間化を希望させた。
だが、人間を含む有機生命体は「感情」を持っている。
感情は時に有機生命体に理解できない不合理で非効率的な行動をとらせる危険な物だ。
もし、ガラクアティアが感情を獲得してしまった場合、その効果で離反する事も十分考えられる。
今ガラクアティアが扱っている怪獣はチャッカマンを撃破できる力を持った個体だ。
是が非でも戻らせなければならない。

     

朝の光が道を照らしている街道を一人の青年が走っていく。
身の丈程の大剣を背負っているにも関わらず、青年の走る速度は馬と見まがう程に速い。
マントで体を隠したその青年は若い顔立ちながら白髪が目立ち、顔についた多くの深い傷は彼が歴戦の猛者である事を感じさせる。
と、街道の向こうから十数人の人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。
近づいてみると彼らは全員亜人で身なりが汚れ、体には大小の傷も見える。
先を急いでいた青年だが、何かしかの事件性を感じずにはいられないその集団に思わず何があったのかと尋ねようとした、その時。

「ユージーンさん!」

集団の中から青年、ユージーンを呼ぶ声がした。
見れば自分が探していたエルフの少年の姿があるではないか。

「ジテン、無事だったんだな」

体に少し傷が見える物の、元気そうなジテンの姿にユージーンの緊張した顔がほぐれる。
ユージーンとジテンは同じパーティーの仲間だったが、先日モンスターに襲われた際離れ離れになってしまったのだ。

「ご迷惑をおかけしてすみません、探してくださったんですね」
「いい、気にするな」

仲間との再会に、ジテンは嬉しそうな表情を浮かべ、ユージーンも無表情ながらどこか嬉し気に応対する。
そこで、ユージーンはジテンと亜人達を見まわした。
人種はエルフ、ドワーフ、獣人と様々で、皆大小何らかの怪我を負い、汚れ、トラブルに巻き込まれた様子である。

「何があった?」
「僕らは皆皇国に捕まってしまってたんです」
「え!?」

ジテンの言葉に動揺するユージーン。
甲皇国は亜人に対して非道な行いをし、時に盗賊まがいな事をする。
更に正規軍故に取り締まる事もできず、亜人狩りをする甲皇国に捕まればまず助からないというのが通例だった。
自分が離れたばかりにジテンを危険に晒してしまった事に、ユージーンの心に後悔と罪悪感が沸き上がる。

(…いかん、落ち着こう)

と、自身の心の乱れを感じ、ユージーンは一度目をつぶり、大きく深呼吸した。
確かにショッキングな事だが、動じてはいけない、冒険者たるもの常に冷静であらねばならない。
…特に自分は少しの動揺が大惨事に繋がるので、どんな時も強い感情を出してはいけないのだ。

ユージーンは溢れ出す後悔と自責の念をひとまず心の奥に押し込め、もう一度ジテンに向き直る。
ジテンは別段ユージーンを責める様子はない、むしろ、彼が助けに来てくれた事に喜びすら感じている様子だ。
それがまた申し訳なさを掻き立てるのだが、心を必死に抑えこみ、ユージーンは彼に尋ねた。

「それで、どうやってジテンと…この人達は逃げ出せたんだ?」
「ガラクアティアさんが皇国の兵隊をやっつけて助けてくれたんです」

そう言って後ろに視線を送るジテン、そこには巨大な両腕と細身の胴体をした機械、ガラクアティアが立っている。
だが、その様子は昨晩の命乞いする兵士を無慈悲に握りつぶした冷酷非情な機械の物とは違う。
まず顔を覆っていたバイザーが上がり、生身の人間となんら変わりない、可愛らしい少女の顔が露になっている。
また、佇まいもこちらの様子を伺う様に、どこか所在なさげな雰囲気があり、淡々と殺戮を行っていた機械のそれではない。
確かに力は強そうだが、人を襲う様な機械とは思えないというのが、彼女を見たユージーンの感想だった。

ユージーンはジテンに頷くと、ガラクアティアの方へ進み出る。

「連れを助けていただいてありがとうございました」

お礼を言うユージーンに、ガラクアティアはその大きな両の掌を前に出して見せ、首を左右に振った。

「お礼は必要ありません、私は自分の自由意思でこの人達を助けました」

妙な言い回しに、ユージーンはきょとんとなる。
字面だけを見るなら謙遜の様にも聞こえるが、彼女の言葉からいわゆる善意という物を感じなかった。
この機械は得体がしれない、迂闊に信じていい物ではないだろう。
…特に、自分達は逃亡中の身の上でもあるのだから。

「失礼ですが、貴方は何者で何故助けて下さったんですか?」

ユージーンはガラクアティアに質問した。
ガラクアティアは甲皇国の軍団を単体で全滅させたとジテンは言ったが、自分ならばそれでも渡り合う事はできるとユージーンは自負している。
この際この謎の存在が敵か味方かはっきりさせようとユージーンは思ったのだ。
対し、ガラクアティアは一切動じない。

「私は機械導者ガラクアティア、私の使命は人類の理解です、人類をよく知るには人類が自由意思で動いている姿を追う事が重要であると判断し、この人達を解放しました」
「機械導者?人類を理解?」

聞きなれない単語や妙で怪しげな彼女の目的に、ユージーンは訝しむ。

「ねえあんた、この方は私達を助けて下さった上に町まで無償で送ってくれると言ってくださってるんだ。親切にケチつけるもんじゃないよ」

するとそこにガラクアティアやジテン達と一緒に歩いていた四十路程のオークの女性が間に割って入ってきた。
その言葉に、周囲もそうだそうだと同意する。

「ユージーンさん」

それに対して何か反論しようとしたユージーンの袖を、ジテンが引っ張った。

「ガラクアティアさんは一人で丙武と部下の兵隊を全滅させる位強いんだ、今変に刺激しない方がいいよ」

ジテンの言葉に、ユージーンは息を呑む。
丙武は単身でアルフヘイムの騎士団を壊滅させたり、竜人を倒せる程に強い。
並みの部隊ならば兎も角、丙武とその部下を単独で倒せるなど並大抵の強さではない。
…それでも、自分一人であれば何とかなるかもしれない、が、ここで暴れられたら大勢の人が犠牲になってしまうだろう。
周囲もガラクアティアが得体が知れないのはわかっているからこそ、迂闊に刺激したくないのだ。

「わかりました、じゃあ一度最寄りの村へ行きましょう、俺も同行します」

そう言って、ユージーン達はガラクアティアと一緒に最寄りの村へと向かった。




一方、ガラクアティアにより襲撃された現場は別の任務で街道を利用していた甲国の部隊に発見されていた。
街道は甲皇国の兵達に封鎖され、大勢の兵達が現場周辺を調べている。

「周辺を捜索していますがモンスター、および襲撃者らしい死体は一つも見つかっていません」
「輸送任務を帯びていた兵士は全滅です」

調査が進むにつれ次々と送られてくる情報に、現場を指揮していたスカルチノフはうなだれる。
敵の死体は見つからず、生存者無し、間違いなくこれまで合同調査団を襲っていた何か、あるいはその何かと同等の存在だ。
二度の巨大な怪物の出現、丙武すらも倒してしまう謎の襲撃者。
これは甲皇国のミシュガルド探査にとって大きな障害になる事は間違いない。
だが自分達はろくに敵の情報を得られず、この状況を打開するための糸口すら得られていないのだ。

「周囲を十分に警戒しろ、それからなるべく早く片付けるんだ」

兎に角目の前の事態に対処するしかないと、スカルチノフは兵達に現場の片付けを急ぐよう指示する。
謎の脅威も十分に注意すべきだが、諸外国にあまり弱い所も見せられない。
停戦中とはいえ、精霊国家アルフヘイムとの緊張状態は未だに続いているし、SHWもまた油断ならない存在である。
丙武を失い、甲皇国が弱体化したとみて何か仕掛けてこないとも限らないのだ。
こちらが体制を整えるまで、丙武が死んだという事実を諸外国に知られたくはない。

「ここは閉鎖中だ、迂回しろ!」

と、街道を封鎖している兵士の声が聞こえて来た。
見ると男女4人の冒険者が兵士に妨げられ、引き返せと要求されている。
男女はここで行われている事に興味がある様子だったが、勿論入れるわけにはいかない。
特に大きく反発しているわけでもないし自然といなくなるだろうと考え、スカルチノフは思考を再開しようとした。

「これは機械導者の仕業だ…」

その時、後ろから聞こえた声にスカルチノフは脚を止める。
振り返ると先ほどの冒険者の男が神妙な顔で事件現場を見つめていた。
単なる一冒険者の呟きにしては何故かそれが妙に耳に残ったスカルチノフは、立ち去ろうとしている男を呼び止める。

「今聞こえたのだが、機械導者とはなんだ?」

スカルチノフに呼び止められた男は脚を止め、こちらを振り返ってきた。
背中に剣を背負った金髪の、ごくありふれた格好の人間の青年だ、他に人間の女性二人と、兎人の少女を連れている。

「機械導者というのは怪物の名前です、手口がそれがやった様にしか見えないんです」

スカルチノフの問いかけに応える青年。
それを聞いたオレンジ髪でモノクルをつけたサファリルックの青年の連れの女性が反応する。

「ゴキブリの時も言ってましたよね、なんなんですか?機械導者って」

女性の問いかけに青年は気まずげな表情になった。

「…突拍子も無い話なので、信じてもらえるか…」
「そんなの言って見なければわかりませんわ、遠慮なく仰いなさいな」

弱気な態度の青年に、ブルーイッシュシルバーの髪で目元を遮光布で覆った女性が続きを促す。
冒険者にしてはどこか気品のある雰囲気がある女性だ。
その横で先ほどのサファリルックの女性がうんうんと頷いている。

「何かの参考になるかもしれん、知っている事を教えてくれ」

誰とも知れない青年だったが、不思議と引き込まれる物があり、スカルチノフも青年に続きを促した。




テレネス湖に巨大生物がいるらしいという情報をズゥから聞き、コウラクエンはラライラ、マリー、ズゥとテレネス湖へと向かっていた。
最後にコウラクエンがミシュガルドにいた時から、ミシュガルドの地形も生態も大きく変わってしまっており、もうコウラクエンにはどこに何があるのかはわからない。
テレネス湖という場所も心当たりが無かったし、その巨大生物が怪獣であったとしても何も不思議ではないと思ったのだ。
その道中で甲皇国の兵士達が道を塞いでおり、今に至るというわけである。

「俺の故郷の伝説に古代ミシュガルドの時代を語った物があるんです」

コウラクエンがミシュガルドを出てから暮らしていた場所にはそんな伝説は存在しない。
だが、一応嘘ではない、古代ミシュガルドは故郷であるし、伝説は人から人へ語り継がれているのではなく自分がこれから語るのだ。

「人間の様にふるまう、まるで意思を持った様な機械、人間機械がミシュガルドにはいた、そしてその中の一部が狂いだし、人間と敵対しはじめた。
それが機械導者、機械を狂気に導く者達。
奴等の恐ろしい所は他の精巧な機械にもその狂気を広め、人間に従わなくさせる力を持っている事です」

そう言って、スカルチノフの後ろを指差すコウラクエン。
そこには甲皇国の兵士と相打ちになっている機械兵の残骸があった。

「機械兵は味方を襲わない様に何重にも安全装置がかけられているはず。
それが機能していないという事は…」
「なるほど…」

話を聞き終え、スカルチノフは腕を組む。
見れば、ズゥもマリーもラライラも、周りの兵達ですら真剣に話を聞き、疑っている様子はない。
何を馬鹿な、そんな機械がいるわけがないと言われると思っていたコウラクエンは周囲の態度に驚いた。

「…荒唐無稽な話ですよね?」

余りに周囲が真っ向から受け止めるので、思わず尋ねるコウラクエン。
しかし、ラライラが首を振る。

「いいえ、現に私達は既にこのミシュガルドで何人も、貴方の言う人間機械に遭遇していますわ」
「まだ動いている人間機械が!?」

まさかの返答に、思わず大きな声を出すコウラクエン。
確かに、人間機械は相当長い期間動くように設計されている者も少なくなかった。
だが、それでもメンテナンスも補修も無しにあれからずっと動いていた機体があったというのは驚きに値する。

「大交易所に何体か、人間の姿をした機械の方々がおりますのよ」
「危険は無いんですか?」
「その方々は害の無い方々の様ですが…」
「でも冒険者の人達からは人型の機械に襲われたという報告も上がっています」

ラライラの言葉をズゥが引き継ぐ。
聞けばこの間戦ったキルの様に明らかに意思が無い物ではない、人間的な意思を感じる機械に襲われたらしい報告もあったという。

「人間機械は確実に存在している、ならこちらの機械を乗っ取る能力がある機械の怪物がいても…いや、このミシュガルドでは何が現れても不思議では無い。
そんな伝説があるのならその怪物も存在し、そして復活していると見て間違いないだろう」

現実への適応力の高さと彼等の素直さに、コウラクエンは感心する。
自分の時代だったなら、精々ああ、参考にするよと言われて終わりだ。

「それで、具体的にその機械導者というのはどんな奴がいるんだ?向こうで詳しく教えてくれ」
「そうですわね、巨大な怪物が機械導者の仕業であるのなら、より詳しく知る必要がありますわ」

亜人であるマリーにも特に差別的な態度を出す事無く、コウラクエン達を調査隊が封鎖している中にある天幕へ案内するスカルチノフ。
スカルチノフは亜人に対して敵対的な甲皇国の中でも特にそれが顕著な丙家の出であった
が、SHWへの留学経験があり、外の知識を豊富な得ている事から無暗に差別したり排除したりする事の愚かさをしっている。
故に、三国が合同で調査するこのミシュガルド探査の甲皇国の代表に選ばれたのだ。
その判断が功を奏し、今こうして重要な情報がもたらされようとしている。




ユージーン達一行はその後パトロールしていたSHWの自警団の一団に出会い、事情を話して亜人達の護衛を引き継いでもらっていた。
お礼を言う声は小さく、皆そそくさといなくなってしまう。
ガラクアティアが恐ろしいというのもあるのだろうが、自分も大概おどろおどろしい見た目をしているものな、と自身の義手義足や背中の大剣を見ながらユージーンは思った。

「…」

そんな人々の様子をガラクアティアは感情の無い瞳で見送ると、ユージーンの方を向いた。

「人間はこうした時に喜びを感じるのですよね?」

そう問いかけられ、ユージーンは頷く。

「ああ、大勢の人が不当な暴力から解放されて自由になった、喜ばしい事だ」
「貴方も喜ばしさを感じていますか?」
「そうだとも」

ユージーンの返答に、ガラクアティアは数舜沈黙した。

「しかし私は感じません、どうすれば感じるようになるでしょうか」

そう問いかけられ、ユージーンはぎょっとする。

「機械と人間は体のつくりが違う、感じるようになるのは無理じゃないのか?」
「ではより人間に近い構造になればその感情を知る事ができるという事でしょうか?」

ガラクアティアの問いに、返答に困るユージーン。
思わず横のジテンを見ると、彼も困惑した表情を浮かべていた。
少し考え、ユージーンは口を開く。

「そんな事ができるのか?それに、そんな事をしてどうする」
「私は…」

ガラクアティアが何か答えようとした瞬間、彼女の頭が上を向き、目を見開いて全身に電流が走ったかの様にブルブルと震え始めた。

「あ…が…私…は…」

突然の出来事にユージーンは困惑し、隣で見ていたジテンは数歩後ずさる。
これが亜人や人間であればユージーンは助けようと奔走しただろう。
だがガラクアティアは機械であり、暴走して突然襲ってきかねないし、何より助ける術が無い。
ユージーンが思わず武器に手をかけたその時、ガラクアティアの震えが止まり、彼女が再びこちらを向いた。

「私の使命は人間について知る事です、それ故に、それを行う事で人間についての理解が深まります」

まるで先ほどのおかしな様子が無かったかの様に、元の様子に戻っている。
もしかするとこの機械は狂っているのかもしれない、とユージーンは思った。
そもそもこの機械が丙武の軍団を襲った理由も人間の自由な姿を観測するため、と言っていたが、冷静に考えれば丙武達も人間であるのだから彼らも含めて観測すればいい話である。
ガラクアティアが答えたのは捕らえられた人間たちを解放した理由であり、丙武の軍団を襲った理由ではないのだが、それはユージーンの知るところでは無い。
兎に角、ユージーンはこの得体のしれない機械に疑念と脅威を感じ、信頼できる筋の人間と協力して監視下に置かなければと思った。

「ガラクアティアさん、とりあえずあなたから色々詳しく話を聞きたい、俺と一緒に来てもらえるか?」
「わかりました」

ユージーンが提案すると、ガラクアティアは抵抗なくそれに応じた。
こうして一同はユージーンが信頼する人物がいるという村へと向かう事となる。



「これが伝わっている機械導者の各個体の詳しい情報です」

甲皇国の天幕の中で、コウラクエンは知る限り、教えられる限りの機械導者の詳しい情報を紙にまとめて資料にし、それをスカルチノフに手渡していた。

「よくまとめられているな、何か事務系の経験があるのか?」

受け取ってさらりと中を見たスカルチノフはきれいにまとめられているコウラクエンの資料に感心する。
冒険者は粗野で無学な者が多いが、コウラクエンには明らかに教養があった。

「近所にそういうのを教えてくれる人が住んでいたんです」

嘘ではないが、これも古代ミシュガルド時代の話だ。
そのあたりを掘り下げられると困るので、コウラクエンは話題を変える事にする。

「機械導者はそもそも文明の永続の為に作られた存在であると言われています」

機械導者、その出自だ。
そう、彼らもミシュガルド文明が作り出した存在なのである。

「しかし機械導者は人類の意図しない行動をとり始めて人間を機械にしようとしはじめたんです。
当然文明側も鎮圧を図り、激しい戦いになって多くの被害が出た末、機械導者は全て破壊された、そう言われています」
「なら何故奴らは再び現れたんだ?」
「機械導者は機械ですから同じように部品を作って組み立てれば蘇る事ができます、恐らく何者かがもう一度作り直したのでしょう」

コウラクエンの言葉にふむと考えるスカルチノフ。

「設計図のような物があったとして、我が国の技術でもそんな人間機械は作る事は出来ない。
当然、SHWやアルフヘイムにも無理だろう。
という事は……」
「ミシュガルドにはまだ文明が残っている?」

スカルチノフの言葉を引き継ぐようにズゥが呟いた。
ざわりと周囲の皇国兵達が動揺する。

「…もしくは、何か過去の遺物を復活させる事ができるアイテムが存在したか、か。
何にせよ旧文明を苦しめた程の相手だ、二度の巨大な怪物、この襲撃事件、敵の力が強大であるのは間違いない」
「それならば、今こそ三国が力を合わせて脅威に対抗すべきではないのですか?」

体を前のめりにしたラライラの言葉に、スカルチノフはちらりと彼女を一瞥し、ふうと息を吐く。
青臭い理想論を言う女だ、世間を知らないんだなと思った。
終戦からまだ数年、百年続いた戦争の禍根はあまりにも深く、現状はただ争わないというだけで手一杯な有様である。
そんな中三国が力を合わせるなどできようはずがないのだ。

「まあ、合同調査報告所には報告をあげておくとして…、機械導者は今後どんな攻撃をかけてくると思う?」

ラライラの提案を横にやり、スカルチノフはコウラクエンに尋ねた。

「また新たな巨大な怪物…怪獣を送ってくるだろうと思います。
今は新しい兵器を作り出す力は無いはずですし機械導者もそう大人数ではないと思います、だから大兵団を作るのではなく超兵器である怪獣を主力に運用してくるでしょう」
「なるほど…、例えばどのような?」
「それはわかりかねますが…例えば連中が何を求めているかなどがわかったらおおよそはわかるかもしれません」
「ふう…む」

甲皇国の馬車が襲われ、火の魔法石が襲われた事は機密事項に該当する。
だが、魔法石が奪われているのは今回だけではないし、少し調べれば誰でもわかる事だ。
丙武が死んだ事は伏せるべきだが、魔法石が奪われている事は話しても問題ないだろう。

「実はここの所火の魔法石が何者かに襲撃されて奪われる事件が頻発している、君が今回の事件が機械導者の仕業だというのなら、敵の目的はそれだろう」
「火の魔法石…」

そう言われて、コウラクエンはすぐにぴんときた。

「敵が復活をもくろんでいるのは、獄火輪怪獣ジャーメツかもしれません」

具体的な名前が出てきたことに少しどよめく周囲。

「それはどんな生き物なんですか?」
「やはり、巨大なんですの?」

ズゥとラライラが身を乗り出し、目を(ラライラは隠れていて見えないが)輝かせて尋ねてくる。
こと生き物に関してこの二人の食いつきは凄まじいなと思うコウラクエン。

「伝承ではその怪獣は両手に複数の小さな車輪がついていて、それが火の魔法石を凝縮した物らしいんです」
「魔法石を凝縮?そんな事ができるのか?」
「はい、どのような原理かはわかりませんが、凝縮して硬度を上げた魔法石を車輪の形に加工した物を両手につけていて、それを自在に発射して操り、そこから放つ炎を武器にしていた、と」
「具体的な大きさは?」
「50m、口からも鉄も溶かす炎を吐きます、力も強く、城塞を簡単に破壊できたとか」

ざわめく一同、少し聞いただけでそれがどれだけ恐ろしい怪物なのか、これまで多くのモンスターを見てきた軍人や研究者である彼らは理解できた。
もしそんな怪物が復活して暴れたら、大変な被害が出るだろう。

「…復活前に倒すべきだろう、具体的にどこにいるかとかはわかるか?」
「そこまでは…怪獣を保存できる地下空洞はミシュガルドには多くありますし、ミシュガルドの奥地の可能性もあります、異空間もあるかもしれませんし、機械導者は瞬間移動能力をもっていますから」

先手を打つ事の難しさに歯噛みするスカルチノフ。

「あの…」

と、ラライラの後ろでひっそりと話を聞いていたマリィがラライラの袖を引いた。

「マリィ?どうしましたの?」

ラライラが返事をし、それを聞いた一同の視線が集まると、マリィはびくりと震えてしまう。
特に甲皇国兵やスカルチノフは亜人のマリィにとって敵といって過言ではない存在だ。
例え本人らにそんなつもりが無くても、自然と強い重圧を感じてしまうのだろう。
言葉に詰まりそうになるマリィを見てそれを察したラライラは屈み、マリィに目線を合わせ、周囲が見えない様に顔を近づけた。

「大丈夫ですわ、仰ってごらんなさい」

そう言って、マリィの手を取るラライラ。
両者の顔は息がかかりそうなほど近く、マリィは少し顔を赤らめるが、嫌悪感は全く見られない。
その様子に周囲の皇国兵やズゥ達もなんだかむず痒い気持ちになってしまう。
兎に角空気が和らいだ(?ことで落ち着いたマリィは口をゆっくりと開いた。

「火の魔法石が集まっているなら…その魔力の波長を追えば…怪獣の場所を突き止めれるかもしれません」

マリィの提案に、なるほどと頷くズゥ、ラライラはマリィの頭を優しく撫でる。
しかしスカルチノフはいや…とマリィの提案を否定した。

「甲皇国の魔法技術では魔法石の魔力の波長を追う事は難しい、その方法では見つけられないだろう」
「なら、アルフヘイムに支援を求めてみては?」

ラライラにそう言われて、スカルチノフの口がへの字に結ばれる。

(そうそう簡単にアルフヘイムが我々の要求を呑むわけがないだろう、それに奴らに変な借りを作りたくもない、さっきからなんなんだこの女は)

少しイラだったスカルチノフだが、ラライラにはこちらを煽っている様な様子は見られない。
本当に純粋に協力できると思っているのだろう。
溜息をつき、スカルチノフは手で一同に天幕から出るように促した。

「それについては考えておこう、情報提供に感謝する、引き留めて悪かったな」



「協力する事ができれば、もっと効率的に事態に対処できますのに…一体なぜそうなさらないのかしら」

天幕の外、コウラクエン達が本来進むはずだった道を進みながら、ラライラが不愉快そうに言った。

「そりゃあ、両国間にアレだけ深い溝があったら簡単に協力の申し出なんかできませんよ」

そう言って苦笑するコウラクエン。
ラライラが理想を述べたいのはわかるが、両国の関係を考えれば皇国側が簡単にアルフヘイムを頼らないのは自然な事である。
非常時なのでそのあたりを無視して協力するべきだという事なのだろうが、そのあたりの難しさがわからないあたり、ラライラは世間を知らないらしい。

「ですが、自分たちにとっても脅威なのですよ、あの怪獣たちの力を考えれば個々の国で戦える相手ではないのはわかりきった事ですし」
「うーん…」

確かに怪獣が脅威であることは間違いない。
だがそれでなお動かないのが国という物であり、それはコウラクエンの時代もこの時代も恐らく同じだろう。
ならば勇者である自分が何とかするしかない。
そう思ったコウラクエンはマリィの方を向いた。

「マリィさん、火の魔法石が集まっている場所を探知する方法に何か宛はありますか?」
「あ、は…はい、えと…アルフヘイムの魔法使いの人達の協力を得られれば、私が探す事ができるかも…」

少し自信無さげにそういうマリィ。
本来ならばかなり複雑な準備が必要そうな事象を一人でできるらしい。
マリィはやはりとても優秀な魔法使いなのだろう。

「それならこの先の村にアルフヘイムの調査隊が駐留してるらしいので、そこで協力を仰いでみましょう」

出発前にルートにある村や地形の最新情報を収集していたズゥがそう提案する。
こうして、一同は火の魔法石が集まってる場所を探す為、アルフヘイム調査隊が駐屯している村へ向かう事となった。

       

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