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第一章 ミチなる存在

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第一章   ミチなる存在
 バイト先に選んだリオンは、街で最も大きなショッピングモールだ。全国似たような街は多いのだろう。今や、リオンを中心に城下町のように街の商業地が構成されている。まあ佐藤電機店が街の電機屋さんから電機工事専門になったのも、店舗に来る客が激減したのも、この大型店が出店してきたからである。してみれば、仇か。いやいやぁ、ヒーローを夢見た少年も、すでに現実くらい知っている。戦う相手は、互角に戦える相手にすべきだろ。
 目下の課題は、部費である。文化祭のヒーローショーで着る衣装を買う金が、必要なのだよ。しのごの言っちゃあいられない。
 ショッピングモールの大型スーパーで、バイトをしようとした俺達だが、凛だけは
「やっぱり、アパレルのがいい!」
とか、似合いもしない乙女発言をして、勝手にモール内のカジュアルな洋服店にバイト先を変更した。スーパーでは、俺は品出し、才蔵はショッピングカートの収集、寛治はレジ打ちに配属された。
俺はパートのおばちゃんに言われるがまま、弁当をワゴンに並べた。ただ並べればいいわけではない。先に並んでいた物を奥へ、客が手に取りやすいように手前に古い弁当を並べ直す。スーパーの品出しは、概ねこうである。要は奥にある物のほうが新しい。豆知識である。お袋に言っておこう。
 と、エプロンのポケットに入れたスマホがブルっている。誰だよ仕事中に! と思ったが気になるので、パートのおばちゃんたちの死角に隠れてポケットからスマホを出し、画面を見た。
なんだ、才蔵か。
無視を決め込もうとしたが、LINE画面には妙な事が書かれていた。
   井原才蔵―――今、スゲー奴見た!
   井原才蔵―――屋上のエスカレーターホールの屋根の上から、飛び降りて
   井原才蔵―――ライダーキック決めた奴がいた!
   井原才蔵―――しかも、多分蹴られてたのうちの高校の不良だぞ!
屋上の駐車場にカートの収集に行ってたんだろうに、なにやってるんだ?と思ううちに書き込みは増える。
   井原才蔵―――人間って、後ろにジャンプ出来るの? ワイヤーなしで?
はぁ? 昼間から、なに寝ぼけた事を言ってんだ。やはり無視することにした。
 弁当を出し終わり、今度はカップ麺の品出しに取り掛かった。と、またスマホがブルった
   相川凛―――今ちょーカッコイイ人いた! でも男か女かわかんない!
そう、だから?俺はいささかムッとした。
 黙々とカップ麺を並び終え、段ボールを片付けようとバックヤードに行く扉の手前で、ハーフなのか、エキゾチックな顔立ちの女の子を見た。いや女の子に見えた。その横顔の印象深さは美しさゆえというより、まるでジグソーパズルにただ一片まったく違うかけらがまぎれ込んだようなそういう違和感だった。そのコは果物売り場で試食品のメロンを口に入れた。瞬間、至福の笑みを浮かべた。そして二口目を食べ、三口目を口に入れ・・・。おいっ、それ試食品なんですけど~。俺は心の中で呟いた。聞こえたわけではあるまいが、そのコはメロン二つ両手に持ち歩きだした。両脇にメロンを抱えると、その気がなくても目は胸に行く。白い襟の高いブラウスにブルーのストールを巻いて、やや細身のパンツスタイル。うーん貧乳の女なのか?女っぽい男なのか? 俺は、凛の言葉を思い出した。凛がLINEで言っていたちょーカッコイイ人とはこやつではないか? 男にしては少し華奢である。だが、女というには……。
 ごちゃごちゃ考えていると、いきなりがしっと肩を掴まれた。パートのおばちゃんだ。
「なにぼっとしてんのぉ。ほら、片付けて」
「す、すみません」
俺はあわてた。
 再びバックヤードから売り場に戻ると、さきの美人が今度はタコの刺身を試食している。小皿に分けられたタコの刺身を食感を楽しむようにゆっくりと口を動かして、そして二つ目を又口へ、三つ目を食らい・・・急に眉間にしわを寄せた。そして急にその場にしゃがみこんだ。
「うっうっ・・・」
と、低くうなり声を上げだした。俺は咄嗟に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
俺を見上げたその目は、苦しさのせいか涙ぐんでいた。
「く、苦しい・・・」
と、訴えるような眼差しを俺に向けた。
「あの、大丈夫ですか!」
俺の声がでかかったせいか、生鮮食品売り場の主任が血相変えて飛んできた。主任は小声で
「お客様、お具合が悪いようでしたら――――」
と、話しかけた。
「ト、トイレはどこですか?」
口元を抑えながら、彼女が聞いた。
「君、案内して!」
主任が俺に、顎をしゃくって合図する。
「あっ、はい!こっちへ」
と、主任が俺に耳打ちした。
「まさか、うちの食品が原因じゃないだろうけど介抱して。苦情なら又別室で伺いますって、ね!」
主任は俺に目配せした。主任はクレームがこないことを祈っていたに違いないが、俺はまったく別のことを考えていた。トイレなら、この人の性別を知れるわけで……。ちょっとした好奇心がうずいた。
 しかぁし! トイレを指し示すと、脱兎のごとくその人は男子トイレでも女子トイレでもなく、手前の身障者用トイレに駆け込んだ。うーん残念! てか、こんな時に不謹慎だろ俺! ごめんなさい。
 しばらくして、性別不明の君は青ざめた顔でトイレから出てきた。
「あの、大丈夫ですか?」
「胃が、苦しかった。消化不良で・・・。消化酵素を飲むべきだった」
「消化酵素?薬ですか、なら薬局ありますけど」
俺は、薬局のある方を指さした。
「薬、買う」
「と、これはお買い上げですか?」
そのコがカートに入れた食品を見せた。そのコはうんうん、と目を輝かせてうなずいた。その顔は無邪気で思ったより幼いのか、同世代なのか? カートには沢山の食品が入っていた。よくよく見るとそれは本日の試食品ばかりで、しかも同じ物ばかりが何個も入っていた。
なにかつかみどころのない不思議な存在感、声を聴いても男か女かつかめないのに、何故か俺は、そのコを色っぽいと思った。そして、今までに一度も会った事のないタイプの人間だと思った。……直感的に。
 レジの方にカートをおして行きながら、俺は寛治にそのコを見せたいと思った。そして寛治のレジに彼女のカートを並ばせた。寛治は俺を見つけて、一瞬怪訝な顔をした。俺は寛治に笑顔を返す。寛治は、ちらっと彼女を見た。えっ! それだけ!こんなに綺麗なコなのに(女か男かわからんが・・・)それだけ!? もっとなんかこう、色々あるだろ! お前の心はいつ動くの? 今でしょ!
彼女の会計の番が来る。
「いらっしゃいませ」
寛治がいつものテンションで挨拶する。
「メロンが二点」
 寛治は完全いつものテンションだ。可愛くねー。こいつ本当に男子高生なわけ? こんなんだから彼女出来ねーんだよ。まあ俺もいない、つーか、いたことないけどさ……。
 とか思ってるうちに、彼女が一万円と小銭をじゃらじゃらとレジの横のトレーに入れた。まだ合計金額は出ていない。寛治は怪訝な顔をしながらも、商品の値段を言い続けている。お前、その顔で接客するのはどうよ・・・。店長、こいつ絶対レジ向いてないです。
「合計一万三百八十四円になります」
そのコは頷くだけで、お金を置いたトレーを見てじっとしていた。寛治はトレーからお金を回収し、金額を数えた。
「一万……三百……八十……四円……。……ぴったりですね」
そういって、寛治は初めてそのコの顔をまじまじと見た。寛治がそのコの見た目よりもそのコの計算能力に驚いていることに俺も驚きだが、それにしても凄いな。商品を手に取りながら、暗算してたって事?
「さーとーうーくーん、おばさん今すっごく忙しいんだけど。暇してるなら手伝ってくれないかしらねぇー?」
パートのおばさんの声にビビった俺は、その場をそそくさと退散したのだった。
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