Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百十九話 接近

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【11日目:未明 山小屋】

 学校敷地内の北東に佇む旧校舎、その裏にある山の頂上。
 そこは、日宮誠にとって、思い出深い場所だった。
 学校側が実質的に管理を放棄している場所のため、周囲を気にせず友人たちと騒ぐのにはおあつらえ向きだったからだ。
 この小屋で飲み食いしたりゲームをしたり、夏には外で花火をしたりもしたものだ。
 大多数の生徒が存在自体知らないこの山小屋は、誠たちにとってまさしく秘密基地だった。
 そして今、その場所に、誠は相川千紗と共に潜伏している。
 入って右奥にある和室に布団を敷き、そこで仰向けになって天井を眺めながら、誠は先ほど行われた『議長』による放送のことを考えていた。
 ――放送では、生存している生徒全員の名前が学年別に改めて発表されたので、誠と千紗は前回の放送の際に作成した手書きの名簿にチェックを付ける形で、この二十四時間の間に死亡した生徒が誰なのかを確認した。
 それにより、数十分前の放送時点で、友人である暁陽日輝と、彼と行動を共にしている安藤凜々花および四葉クロエ、辻見一花が生存していることは判明し、ひとまず安堵したのだが、同級生を含む七名の生徒が死亡しているという事実は、生徒葬会が確実に進行していること、そしていずれは自分たちも陽日輝を含む他の生徒と生還の権利をかけて殺し合わなければならないということを示している。
 ――『楽園』を出てから、自分たちはまっすぐこの山小屋に向かった。
 幸い他の生徒に遭遇することもなく、この約一日を無事に過ごすことができたものの、この場所に移動したこと自体が現実逃避だという自覚はある。
 他の生徒との遭遇率が低いということは、裏を返せば、生徒葬会から生きて帰るために必要な手帳を集める機会が遠ざかるということでもあるからだ。
 自分一人だけの生還を目指しているのなら、ギリギリまで逃げ隠れするのも一つの手だろう。しかし、二人での生還を目的としている以上、生還枠が残り一つになってしまう前に行動に出る必要がある。
 頭ではそう理解していても、誠は『下山して手帳を集めよう』と切り出せずにいた。
 それは、千紗を危険な目に遭わせたくないから――だけではない。
 単純に、怖いのだ。
 再びあの、悲鳴と嗚咽と悪意と殺意が飛び交う殺し合いの舞台に立つことが。
 こうして横になって休んでいても、常に襲撃される恐怖は付き纏い、この生徒葬会において目の当たりにしてきた惨たらしい光景が脳裏に浮かぶ。
 千紗の能力である『暗中模索(サーチライト)』によって半径五十メートル以内に接近した生徒がいれば即座に分かる状況でも、だ。
「……やっぱり、僕は君には敵わないよ、陽日輝」
 今となっては遠い存在のようになってしまった友人を思い、誠は呟いた。
 ……いや、本当はずっと前から、それこそ初めて出会ったときから、そんなことは分かっていたはずだった。
 陽日輝は、自分なんかよりずっと強い。
 自分たちとつるんで無為に日々を過ごさせることが、惜しく感じてしまうほどに。
 グループの中ではただ一人、犬飼切也だけは陽日輝に対抗意識を持っていたが、誠やもう一人の友人であるカケルは、最初から諦めていた。
 ――だから、千紗が陽日輝に告白したと知ったとき。
 ついにこの日が来たか、と、誠は内心諦観を抱いたものだ。
 しかし、陽日輝は千紗の告白を断った――そのとき、安堵してしまった自分が惨めに思えた。
 それと同時に、千紗の想いに応えなかった陽日輝への微かな憤りという、矛盾した感情を抱いた自分もいたが。
 この生徒葬会において、一度は彼女を置いて『楽園』へと逃げ込んだ自分に、そんな感情を抱く資格なんて、本来なかったのだ。
 自分は、自分が思っている以上に覚悟が無い。
 その事実を、陽日輝に『相川のことも、僕に任せてくれないかな』なんて大見得を切った後でさえこうして不安と恐怖に圧し潰されそうになっている現状が、嫌と言うほど突き付けてくる。
 ――それでも。
 陽日輝には、安藤凜々花がいる。
 だから、陽日輝に千紗を任せることはできない。
 陽日輝は、どちらか一人しか救えない状況になったなら千紗ではなく凜々花を選ぶだろう。
 『楽園』での霞ヶ丘天との戦いでも、そのような場面はあった。
 千紗に再び、愛する人に選ばれないという痛みを味わわせたくはないし、自分も、陽日輝にそんな選択を強いたくはない。
……いや。
それも全部、都合のいい言い訳かもしれない。
 自分は結局、いつ殺されるかも分からないこの絶望的な状況の中で、少しでも多くの時間を、千紗と過ごしたいだけなのだ。
 ――そんなことを考えていたときだ。
 廊下のほうから足音が聞こえ、半開きにしたままの扉をそっと開けて、千紗が顔を覗かせたのは。
「日宮、起きて。『暗中模索』に反応があった。誰か来てる」
「――っ。――分かった……!」
 誠は、枕元に置いていたランタン(この小屋が使用されていた頃からある備品だ。電池を交換するだけで使用できた)を消し、立ち上がる。
 夜に小屋の電気を点けていると遠くからでも目立つため、最低限の光源しか使用していなかったのだが、灯りを消したことで訪れた暗闇は、そうしたほうが安全だと頭では理解していても、やはり本能的な恐怖を想起させる。
 千紗は改造エアガンの銃口を上に向け、顔の横に構えた状態で、玄関扉を見やった。
「ここに私たちがいることには気付いてない――と、思う。左斜め前あたりから少しずつ近付いてきてるから、山道を登ってる途中」
「でも、小屋を見つけたら絶対に入ろうとするだろうね」
「ええ。だから、扉が開いたら先手を打つわ」
 千紗のその言葉に、誠は頷くしかなかった。
 そう、すでに半径五十メートル以内にまで接近している相手に気付かれずに逃げることは不可能。
 自分の『閃制光撃(フラッシュアウト)』で隙を作ったとしても、夜の山道を逃げるのはリスクが高すぎる。
 千紗と離れ離れになったり、第三者の接近に気付けなかったり、追撃以前に山道を転げ落ちて事故死、なんてことにもなりかねない。
 だから――どうせ『能力』を使うなら、逃げるためではなく、戦うために使うべきだ。
 この期に及んで躊躇う心を奮い立たせるように、誠は言った。
「僕が『閃制光撃』を使ってすかさず飛びかかる。それでいいんだよね?」
「ええ――ごめんね、日宮。危険な役回りをさせて」
「……僕は君に謝られるようなこと、何ひとつしていないよ」
 誠は、和室を出る際に手に取った金属バットを強く握り締める。
 汗ばむ手でグリップが滑りそうになり、すぐに握り直す。
 ――ああ、この期に及んで『楽園』のことを考えてしまう自分がいる。
 殺し合いをせず、自給自足を行いながら、寿命を迎えるまでこの学園内で過ごす。
 それを千紗と共にできればどんなによかったか。
 ――だけどそれは、もう叶うことのない夢物語だ。
 だから自分は、目の前の危機から愛する人を守り抜く。
 陽日輝がこの生徒葬会の中で、ずっとやり続けていたように。
「……」
「……」
 誠と千紗は、しばし息を潜めて待機した。
 すると、夜の山のあちこちで鳴く虫や鳥の声に紛れて、落ち葉が踏まれるカサカサとした足音が聞こえ始めた。
 足音はやがてピタリと止まり、その後で、こちらに近付き始めた。
 山小屋を見て足を止め、それから中を調べてみようと考えたのだろう。
 ――いよいよだ。
 誠は金属バットを両手で握り締め、肩の上あたりの高さに横にして構えた状態で、足音を立てないよう慎重に扉へとにじり寄っていた。
 口から心臓が飛び出しそう、という比喩表現が、あながち比喩に思えなくなるほどの緊張。
 思わず叫びたくなるような空気を破ったのは、扉が静かに開かれる音だった。
「――――ッッッッ!」
 誠は、すかさず『閃制光撃』を発動させた。
 扉を開けた何者かの視界を、真っ白な光が覆い尽くす。
「うおあっ!?」
 光の向こうで上がった声からすると、相手は男。
 扉を開けた瞬間の閃光で、混乱のさなかにあるはずだ。
 ――もしかしたら相手は、殺し合う気なんてないかもしれない。
 だけど、そうじゃないかもしれない。
 ならば自分の躊躇で千紗を危険に晒すわけにはいかない――!
「うおおおおおおおおおおお!!」
 誠は咆哮と共に床を蹴り、光の向こうへと金属バットを振り下ろした。
 そして、頭を叩き割る不快な感触がバット越しに伝わって――こなかった。
「はあっ――?」
 空振り。
 勢い余って外へと転げ出た誠は、手足を擦りむく痛みの中、慌てて顔を上げ――その顔に、拳を打ち込まれた。
「うぶあっ!?」
 鼻柱を打ち抜く鋭く重い一撃。
 遅れて、温かなモノが――鼻血が零れ出てきたのを感じる。
 誠は金属バットを改めて構え直そうとし――
「俺は殺し合う気は無い!」
 ――その場を制したのは、よく通る叫び声。
 それは、自分を返り討ちにした男子生徒――立石茅人(たていし・かやと)のものだった。
「日宮!」
 山小屋の扉近くまで駆け寄ってきた千紗が、改造エアガンを茅人の背中に向けていたが、茅人はそれにもさほど驚く様子はなかった。
「相川もいたのか――お前ら二人だけか!?」
「あ、ああ――そうだ。お前は、一人か?」
 誠は左手で鼻を抑えながら尋ねた。
 右手は金属バットを握ったままだったが、内心では悟っていた。
 真っ向勝負でコイツには勝てない――と。
「俺は一人だ。大した歓迎だな」
「……すまない。僕たちも、死にたくないんだ」
「死にたくない、か。便利な言葉だな」
 茅人はそう言いながら、誠の鼻血で汚れた右の拳を撫でた。
 ――見ると彼は、拳に包帯のようなもの――バンテージを巻いている。
 殴った衝撃で自分の拳が傷つかないように、だろう。
 茅人は自分たちと同じ二年生で――元空手部だ。
 一年のときに当時の主将とそりが合わずに退部しているが、現役部員と比較しても立花百花に次ぐ素養があったという評判を、誠も耳にしたことがある。
 そしてその評判があながち間違いではなさそうだということを、今の攻防で誠は思い知らされていた。
「皮肉を言われても、そうとしか言いようがないよ。僕も相川も、生き残ることに必死なんだ」
「誰だってそうだろ。――もういい、俺は殺されなかった。だから言い訳はもうしなくていい。むしろするな、不愉快だ」
「……ああ、すまない」
 茅人の言葉に耳が痛い。
 茅人は誰に対しても、こういう風にハッキリと言う性格で、空手部を退部することになったのも、その性格ゆえと聞いている。
 とはいえ、自分が彼に対し先手を打って殺しにかかったのは事実だ。
 逆の立場なら自分だって、憤っていたことだろう。
「……だけど、僕の『能力』で何も見えなかったんじゃないのか? よくバットをかわせたもんだよ」
「明らかに誰かが隠れ潜んでいそうな山奥の小屋だぞ? 無警戒に扉を開けるほど馬鹿じゃない。俺は開けた扉の陰に隠れていた。すると光が見えたのでお前を油断させるために声を出した。それだけだ」
「……その『それだけ』をやってのけるのは、なかなかできるもんじゃないよ」
 陽日輝とどちらが強いだろうか。
 誠がそんなことを考えていると、茅人がブレザーのポケットからハンカチを取り出してこちらに投げてよこしてきた。
 なんとかキャッチする。
「血が固まるとなかなか落ちないぞ。拭いておけ」
 茅人はそう言ってから、千紗のほうを振り返った。
「お前らが一緒にいるなら、暁もいると思ったんだが」
「……暁はここにはいないわ。生徒葬会中に会ってはいるけど」
「その言い方だと、殺し合いになったりはしてなさそうだな」
 ……茅人は、殺し合うつもりはないと言った。
 今、自分と千紗――少なくとも自分は確実に殺せるであろう状況にも関わらず、あまつさえハンカチまでよこしてくれたあたり、その言葉に嘘は無いのだろう。
 千紗も同じことを考えたのか、エアガンの銃口を少し下げた。
「――立石、あなたを殺そうとした私たちがいけしゃあしゃあとこんなことを言うのは不愉快だろうけれど、お互い情報交換をしない? これから先、生き残るために」
 それを聞いて茅人は、誠と千紗を交互に見やったあと。
「一応言っておくが、俺の不意を突こうとするなら次は容赦しないからな」
 と静かに告げた。
「あ、ああ――もちろんだよ」
「――それなら構わない」
 茅人がそう答えてくれたことに、誠は内心安堵した。
 それと共に、今さらになって情けなさが溢れ出してくる。
 千紗を守ると息巻いておきながら、またしても力及ばずこのザマだ。
 茅人が『やる気』だったなら、自分たちは今頃すでに死んでいる。
 殺し合いをするつもりはないという茅人には悪いが――そして口が裂けても言うつもりはないが――ここで茅人を殺せていたほうが良かった。
 誠のそんな内心に気付いているのかどうなのか、茅人は続けて言う。
「……夜風が冷たいな。その小屋に入れてもらってもいいか?」
「ええ――もちろんよ」
 今度は千紗のほうが答え、「付いてきて」とこちらに背を向けた。
 そして、一足先に廊下の奥へと進んでいく。
 ――自分なんかより、よっぽど胆力がある。
 誠はままならない現状に内心溜息をつきながら、「……僕たちも入ろうか」と呟いた。

       

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